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フィジカル・カタルシス|穂の国とよはし芸術劇場PLATにて。スペースノットブランクのダンス・レジデンス滞在日誌『ほほえみ』9日目

2019年12月3日、火曜日。

500の動きを並べると20分ほど。こう言うと聞こえ(見栄え)はよくないかもしれませんが、小野彩加が20分間動き続けているのを見るのは楽しいです。しかもこれまでの小野彩加の動きの歴史の中でも最高峰の並び。振付、ダンス、身体、見どころがたくさんあります。小野彩加と一緒に動くのも楽しいです。「形」について、記号だけではなく目に見える身体を追って動きを繋げる作り方を改めて行なっています。「形」は輪郭、質量、重量、そして熱を含みます。作品試演会(成果発表会)に向けて検討しています。「作品」試演会なので、作品を見せるのですが、作品である、作品でない、はスペースノットブランクの最たる研究課題。2018年12月に展示と上演を行なった『原風景』では、出会った人の「制作物」をお借りし、それらを美術館に展示することで「作品」として「仕立て上げる」行為を「作品」にしました。『フィジカル・カタルシス』も、身体から動きが発出する原理と身体が動きを吸収する原理を指す概念なので、それによって作られた動きの並び=振付=ダンスが結果として「作品」になっているだけのことです。高校生の頃、油画をやっていました。「作品」の定義は、物事を扱う視野角によって異なります。「である」か「でない」よりも「ちがい」に目を向けることをチョイスできるようになりたい、と今は思います。可能性の話です。「ノリ」の付属物としての身体は、身体の付属物としての「ノリ」かもしれなく、作品同士が影響し合う東京(日本?)の舞台芸術市場で制作と上演のサイクルを引き続くことは、競争ではなく新しい協働かもしれません。定義こそ、あるようでないようなもの、ないようであるようなもの、「わからない」ということが「わかる」ならそれで十分だと思います。「わからない」から「わからない」のではなく、「わからない」ことが「わかる」という希望を取り扱い、刹那でも自己と他者が「作品」という定義を通じて共生することを探究し続けたいな、と小野彩加のダンスを見て強く感じます。皮膚の摩擦、足腰の痛み、汗、関節の違和感、疲労、吸う、肋骨、視界がぼやける、衣服、頭の重み、体幹、軸、視覚の認識、眠気に対する集中、終わりの予感、失敗、やり直し、思い出し笑い、無関係な何か、他者の顔色、(目に見えない)見どころがたくさんあります。目を閉じると距離感が鋭敏になって、足音がとても近くに聞こえたり、とても大きく聞こえたりするかも。フィジカル(形而下)は目に見えても、カタルシス(形而上)は目に見えない。目に見える「作品」を作るので、目に見えない「作品」と繋げてください。何かを作ろうとしなくても、何かが作られていく状態の中で生まれた「作品」を一緒に楽しみましょう。身体をオープンしてお待ちしております。

中澤陽


◉フィジカル・カタルシス|作品概要
◉フィジカル・カタルシス|ステートメント

フィジカル・カタルシス|ダンス・レジデンス滞在日誌『ほほえみ』
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