光の中のアリス|インタビュー|伊東沙保
伊東沙保 Saho Ito |
1980年4月20日生まれ。近年の出演作に、滋企画『OTHELLO』、KAAT×東京デスロック×第12言語演劇スタジオ『外地の三人姉妹』、木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』、劇作家女子会。feat. noo『クレバス2020(作:モスクワカヌ / 演出:稲葉賀恵)』、ほろびて『あでな//いある』、映画『春原さんのうた』、映画『彼方のうた』、映画『4つの出鱈目と幽霊について』など。 |
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聞き手:佐々木敦
話し手:伊東沙保
場所:『光の中のアリス』稽古場
Photo by Haruka Takahashi |
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクとの出会い
佐々木敦(以下、佐々木) いろんな作品で沙保さんの演技は拝見させていただいていて、その上で今回、スペースノットブランクの作品への出演は初めてじゃないですか。まず、どういう経緯で出演することになったのかということを聞いてもいいですか?
伊東沙保(以下、伊東) 私、実は不勉強にもスペースノットブランクの作品を劇場で見てなくて、映像で『再生数』を見たのかな。というぐらいだったんですよね。でももちろん名前は知っていたし、荒木知佳ちゃんと『春原さんのうた』っていう映画で共演して、それが知佳ちゃんとの最初だったんですけど、それもあって見たいなと思っていたんですけど。全然タイミングが合わなくて見れてなくて、っていうときにほろびての『あでな//いある』で中澤陽君と2023年の1月にご一緒したんですよね。っていうのがちゃんとした最初。
佐々木 ああそっか。ほろびての役者として中澤君が出てたから、それで一緒になって。
伊東 で、そこで話して。めちゃめちゃ面白くて、なんだこの人はと思って、ていうので陽君という人自体に興味を持って。お芝居もすごく良くて。
佐々木 そうですよね、僕も結構俳優としての中澤君を見ています。スペノではあまり出演しないからあまりわからないけど、人の作品には結構出てますよね。
伊東 そう、しかも別にいわゆるパフォーマンス寄りっていうことでもない、演劇寄りの作品にも出てますよね。
佐々木 僕が一番最初に中澤君を見たのって、ゆうめいの、わりとかなり最初の方の作品で『〆』という作品があって。新宿眼科画廊で見たんですけど、(作・演出の)池田亮さんの役を中澤君がやってるっていうやつがあって。そのときはスペノの人だって知らなくて、見たことない俳優さんだなと思っていたんですよね。で、スペースノットブランクの作品を見たのはそのあとなので、実は俳優として中澤君を先に見ていたということがあったんですけど。沙保さんも俳優として先に出会っていたんですね。
伊東 ちゃんと出会ったのは俳優としてで。俳優としてすごい素敵だったので、気になっていて。
佐々木 「この人があのスペースノットブランクの人か」みたいなのがあったんですね。
伊東 この人が演出してんのかっていうのと、この人がいたら日本の演劇界明るいぞと思ったんですよね。
佐々木 すごいですね。
伊東 なんかフラットなので。
佐々木 そう、人間性もそうだし。あと考え方とか話すことが、すごい理路整然としてますもんね。
伊東 とってもロジカルだし、自分でやろうとしていることも、全部分けて考えられるというか。クリアな…。演出もそうですけど。この人はなんなんだろうというか。
佐々木 あんまり見たことないみたいなタイプでしたか? 新鮮さを感じたということですかね。
伊東 そうですね、今こうありたい演劇をやる人の姿のような気がしたんですよね。物事に対してとか、人に対してとか。何かアクシデントがあったときの対応もそうだし、距離感も。
佐々木 クリエイティブなことだけじゃなくて、環境づくりとか関係づくりとかに対してもすごい丁寧ですよね。
伊東 そう、環境かな。環境に対しての姿勢みたいなのが、「あ、なんか希望」って思って。まあ一公演分だから当然よく知らないんだけども。
佐々木 興味を持っていたし、好感を抱いてもいたと。
伊東 いたと。でもそれはそれきりだったんですけど。
佐々木 公演が終わったときは、公演で一緒に共演した人くらいだなという感じかなあと思っていたと。
伊東 そう。だし、陽君が「沙保さんって面白いですよね(半笑い)」みたいな、そんな程度の感じだったんです。て、思ってたらスペースノットブランク出ませんかという話が来たので、「へー!」って思って。
佐々木 そのとき実は中澤陽的にも色々考えていたんですね。
伊東 わからないけど。見たことないものには基本的には出られないと思っているんですけど。
佐々木 わからないですもんね。
伊東 わからないし、演出家がAっていったことがどのAかっていうのが作品を見ていればわかるけど、そのAが何かっていうのを探る時間がやっぱり必要になるじゃないですか。そのコミュニケーションも大事なんですけど。でも陽君への興味というか好感の方が優って「出ます」って言っちゃったんですよね。
佐々木 そのときに『光の中のアリス』を再演しようと思っていてという話ではあったんですね。
伊東 はい、そうでした。台本もあって。
佐々木 2023年の1月ってことは約1年半くらい前。
伊東 そうですね。で、実際にお話があったのはもうちょっと後だったんですけど。そうそう。いただいた初演のときの映像を見て、面白かったし。どうやってできてんだろうみたいな興味が出てきて。
佐々木 見ている観客としてもそれは思うんですけど、出る人も思うんですね。
伊東 見ていて、「どういう仕組み?」みたいな。
佐々木 仕組みが気になるタイプの作り方ですよね。すごく。
伊東 そう、その仕組みを知りたくて、やるって言った感じです。
佐々木 その後、スペノの過去の作品とかも動画で見たりするってことがあったと思うんですが、今回のように松原俊太郎さんの戯曲を使うわけではない、いわゆるインタビューに基づいたドキュメント演劇みたいな、そういう作品を見てどういう印象でしたか?
伊東 浴びる喜びというか。見ながらいろんなこと考えるんですけど、整理して考えながら見ることはやめようと。放棄しようと思って。とりあえず情報を浴びようっていう。
佐々木 確かにそうですよね。テレパシーを持ってる人になって、出演者が心の中で喋っていることを聞かされるみたいな感じですもんね。
伊東 そうそう、どっから出てる周波拾ってんだみたいな。それを、めぐらせながら見るのが楽しくて。でも参加してみたら、というか実際にやってみたら、なるほどと思うことがいっぱいあって。あとで私、佐々木さんに相談したいんですけど。
佐々木 なんですか(笑)
伊東 いっぱい聞きたい。「スペノってなんですか?」みたいな。
佐々木 「スペノってなんですか?」って聞かれてもわかんないんだけど(笑)。でも「なんですか問題」でいうと、スペースノットブランクのお二人はちょっと隠すんですよね。やり方みたいなことは話してくれるけど、その理由みたいなことはあんまり僕も掘り進められないっていうか。今回も自分たちはインタビュー受けないとか言っていて。
ただ、自分がやっている「ことばの学校」というちょっとしたスクールみたいなので、彼らに講師として来てもらったことがあって。そのときにもすごく理路整然とどうやって作っているかとか、どういう考え方があってやっているかということをスライド付きで話してくれたことがあったんですが。
やっぱり「理論派」みたいな感じじゃないですか? でも出来上がったものが理屈っぽく見えないっていうのもやっぱり特徴的で、なんかわかんないけど面白いみたいな感じですよね。僕が一番最初に見たときも、本当にわけわかんないけど、とにかくすごいみたいな感じだった。
伊東 目の前に起こっていることの喜びの連続みたいな。「今ここ」みたいなことがデザインされているなーみたいな。
佐々木 だから普通に演劇や舞台作品と言われているようなものとは全然、全然違うわけじゃないんだけど、やっぱりなんか違うものが登場したみたいな新鮮さっていうか、驚きは僕も感じました。
伊東 筋を通そうとしてないっていうか。
佐々木 そうですね。収束しないし、でもクライマックス感はあったりとかするっていう(笑)。本当に見なかったタイプだと思うし、僕は色々なところで仕事していますけど、やっぱりスペースノットブランクはこの10年くらいで知った中でも最も新しさを感じた人たちだったので。でもその新しさってあんまり自分でも上手く処理しきれていないですけど(笑)
Photo by Haruka Takahashi |
松原戯曲としての『光の中のアリス』
佐々木 『光の中のアリス』という作品は一方で松原俊太郎という劇作家の作品じゃないですか。そもそも松原君は地点としばらく組んでいて、最近ではいろんな人に作品を書くようになりつつあるんですけど。その松原俊太郎戯曲としての『光の中のアリス』を演じることになって、読んでみて、抱く印象などはありますか?
伊東 松原さんの戯曲をやるっていうのもこの作品に出演したいと思った理由の一つで。松原さんの戯曲は、地点の上演で見ていて。『忘れる日本人』とか。あれが最初だったんですけど。やっぱりあれを読める、口に出せるって喜びがあります。めっちゃ面白いから。
佐々木 読んで面白いんですよね、とにかく。
伊東 初演の映像を見て面白かったけど、戯曲読んだらもっと面白いと思って。実は。
文字が面白いというか。だから、ちゃんと戯曲とかテキストにもっと向き合いたいなって思っているんですけど。今のところは口に出して読む快楽があるっていうか。詩だと思うし。
佐々木 読んでいて意味の方っていうよりも、やっぱり音の方の印象も強くあるし。そこからいろんなことを連想させるようにできてる台詞ですもんね。
伊東 そうですね、やっぱりすごい豊かで。
佐々木 僕は最初の日の読み合わせの午後の回を聞かせていただいたんですけど、やっぱり口に出して読むことの喜びの強さってありますか?
伊東 ある。だし、頭に入ってきやすいというか。それはそうなるよねっていう文章なので。実際には全然間違えたりするんですけど、なんか納得できる。そこにノッキングが起こらない。簡単にはうなずけない箇所もあるんですけど、それは特徴だしっていう圧倒的な信頼感があって。でも松原さん自身はそういう信頼感もどうでもいいですって思ってそうなところがあって、何考えてるんだろうって(笑)
佐々木 謎ですよね。松原君自身がわりと謎のパーソナリティー感があるというか。沙保さんはまだ会ったことはないんですっけ。
伊東 地点の人を介して出演作を見に来てくださったことがあって、ご挨拶はしたことがあったんですけど、ちゃんとおしゃべりしたことはなくて。
佐々木 松原さんはそもそも小説を最初は書こうとしてて、それから演劇にというか、戯曲に転向してという、演劇経験全然ない人なんですよね。だから、なんで戯曲なのかってこと自体がもうすでに謎みたいなことが松原君の場合あるので。だからああいう戯曲なのかなとも思うし。
演出家でもないから、彼はテクスト書いてるだけですもんね。今あんまり戯曲書くだけって人もいないじゃないですか。
伊東 劇作家のみって人はすごく珍しいですよね。
佐々木 さっき荒木知佳さんの話聞いたときも、ヒカリスに関しては「台詞がスッと入ってくる」「こうなるよねって思う」って言ってて、それって沙保さんも今同じようなことをおっしゃったわけですけど、それって普通の観客の立場でいうとわりと意外な感じもするんですよね。っていうのは、やっぱり難解な部分がある戯曲だと思うし、観客は「今のどういうこと?」って感じなのに、やってる側はわりとスルッといけてるっていうのが、面白いと思ったんですよね。
伊東 確かに。
佐々木 スルッと、というのは理解のレベルにおいてじゃないかもしれないですけど。
伊東 理解するってレベルでは「これどういう意味?」みたいなのは全然あるんですけど、文章として気持ちよい。だから支離滅裂であったとしても、それが「作家の身体の感じなんかわかる」みたいな勘違いをさせてくれる。そういう意味で、なんか納得しちゃう。
佐々木 わかんないけどなんかわかるみたいな感じですよね。その『光の中のアリス』という世界というか物語というか、それは一言で言えないようなものになっていると思うんですけど。他の演劇のように、他と言っても様々ですけど、一応物語があって、役柄があって、登場人物同士の関係性があって、物語が転がっていくみたいな感じとはずいぶん違ったものじゃないですか。それは沙保さんが今まで他に出演されてきた感じと比べて特別ものすごく特異だって感じはないですか?
伊東 それは全く思ってないかもしれないですね。作品の世界観に関しては、今までと全然違うなみたいな違和感のようなものはないんだけれど、「私ここで何できる? 今どこにいる?」ってことが私、まだわかってないんです。
稽古場
佐々木 僕は一回、読み合わせを見させていただいて、その次がマーダーミステリーで、その次が今日なので、(稽古場については)何もわかってないんですよね。稽古の模様をSNSで見たぐらいで。でもだいぶ進んでいるんだと思うんですけど。
伊東 いや、(進みとしては)ゆっくりなんだと思う。
じっくり向き合ってくれているなという感じがする。私と東出さんは初めてだから。「この場のチューニングどこ?」みたいなところをまだしちゃってるんですよ。作品に対して信頼しているし、彼らに対しても信頼を置いてるけども。
佐々木 まあしょうがないっちゃしょうがないですよね。まだあと3週間くらい稽古はあるし、ちょうど今が稽古期間の真ん中らへんくらいですかね。
かたや古賀友樹さんと荒木さんはもう本当にスペノに何回も何回も出ているわけで、わりと綺麗に分かれているんですよね。ベテラン組と。
伊東 ベテラン組と、初心者・新参者と(笑)
佐々木 キャリア逆なんだけど(笑)。そういうふうになってるっていう。
伊東 それを彼らは天然でやってるように見える。天然でというか、生粋のスペノっ子たち。
佐々木 わりとスルッとやっちゃうと。
伊東 彼らは言葉で説明したりとか「どうなってる?」とかいうことじゃなく、ナチュラルにエイって波に乗れるんだけど、私たちは、いろいろね、経験とか(笑)
佐々木 他の経験とかが逆に邪魔する部分も(笑)
伊東 あるのかもしれないけど。純真な子供のままでここにいたいわけじゃないみたいなこともあって。
佐々木 それはそうだ。
伊東 それを抱えたままこれができたらもっと豊かになるんじゃないかなって思っていて。
経験とどう繋げられるだろうか、ということは考えています。
佐々木 (戯曲には)なんか一応その、一応というか役はあるじゃないですか。台本で、ここは自分が言うみたいな。この役に対する感覚みたいなのってものすごく持ちにくいタイプの戯曲であり、作品だと思うんですよ。すごい抽象的な部分もあるし、シュールだし、そこはでも結局、沙保さんが発話しないとその役がいることにはならないから、やっぱりそこで何をするのかみたいなことにはなると思うんですけど。戯曲に向き合って演出を受けて稽古しながら、言い方が正しいのかはわからないんですけど、「役を見つけ出す」ってことが求められる状況もあるわけじゃないですか。今手探り状態だっていうのは、やっぱりその役みたいなことってあるんですか。それとも、役以前の問題なのかな。
伊東 役ではないかな。やる作業をちゃんとやってれば(役に)見えるかなと思うんだけど。
(手探りなのは)仕組みかな。私の仕組みをどうこの大きな機械に組み込んでいくか。
でも(スペースノットブランクの2人は)やりたいことを、私自身から出たものを決して否定しない人たちだし、あるものでデザインをしてくれるから。
佐々木 そういうタイプですよね。だからやっぱりドキュメンタリーっぽいんですよね。生の感じがあるっていうか。
伊東 あるものでやるっていうか。だから恐れずにやるってことしかないなっていう。
Photo by Haruka Takahashi |
意気込み
佐々木 今ちょうどその10月の頭で、11月の頭に本番ですね。これから稽古も本格的にクライマックスを迎えていくと思うんですが、意気込みをお願いします。
伊東 そうですね、意気込み……。
佐々木 意気込みって言い方もね(笑)。そりゃ意気込んでるやろって感じですけど。
伊東 なんでしょうね……。よい出会いになれば。よい組み合わせというか。よい作用というか。
佐々木 今場面を作っている感じですよね。
伊東 そうですね。頭から順を追ってやっている感じです。
佐々木 通しとか始まったらいろいろ違ってくるのかもしれないですね。「こういうことか」みたいな。
伊東 全部流してわかることはあると思うので。とりあえず前に進もうと。
佐々木 本当に楽しみにしてますので(笑)
伊東 ね。どうなることやら。でも楽しいです。
佐々木 不思議な現場なんだろうなとは思いますけども。
伊東 健全。すごく。
佐々木 なるほど(笑)。なかなか重い発言ですね。なんかいろいろなこと見てきた方だから言える。
伊東 そんなことないんですけど(笑)。すごく「アンチ」じゃない。
佐々木 そうですね。斬新なんだけど。その斬新さが反抗感がないというか。自然な感じがあるというか。
伊東 ナチュラルボーンでそれなんだみたいな。「こうじゃなくてこうじゃなくてこう」というように形作られているわけじゃなくて、これをやりたいというのが2人にはあるから。
佐々木 そうですよね。あえての逆張りという感じがないですよね。
伊東 不思議ですよね。そういう場にいられるのが、私は健康で嬉しいです。
佐々木 本当に『光の中のアリス』、楽しみにしています。
編集:髙橋遥 土田高太朗
ルポルタージュ:佐々木敦
その1「読み合わせとマーダーミステリー」
その2「戸惑いと疑い」
その3「トーンとグルーヴ/上演に向けて」
インタビュー
松原俊太郎
荒木知佳
古賀友樹
伊東沙保
東出昌大
Photo by Arata Mino |
佐々木敦 Atsushi Sasaki |
思考家/批評家/文筆家。音楽レーベルHEADZ主宰。映画美学校言語表現コース「ことばの学校」主任講師。早稲田大学非常勤講師。立教大学兼任講師。芸術文化の複数の領域で執筆、教育、プロデュースなどを行なっている。著書多数。演劇関係の著作として『小さな演劇の大きさについて』。近著として『成熟の喪失 庵野秀明と〝父〟の喪失』『「教授」と呼ばれた男ー坂本龍一とその時代』などがある。 |
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