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光の中のアリス|ルポルタージュ|佐々木敦:その2「戸惑いと疑い」

光の中のアリス|ルポルタージュ|佐々木敦:その1「読み合わせとマーダーミステリー」

 気づけば前回の稽古見学から三週間も経ってしまっていた(前回はマーダーミステリーをやっただけですが)。この日は四人の俳優に個別にインタビューすることになっていて、少しだけ構えて稽古場に行ってみると、まずは今回のリハーサルディレクターで、ダンサー、振付家でもある山口(静)さんが仕切る「山口さんタイム」。要はウォーミングアップなのだが、この日はヨガの動画(英語のナレーション付き)を小さなモニターで再生し、それを観ながら皆さん体をほぐしていった。小野(彩加)さんや演出補の髙橋(遥)さんもやっていて、自分もやるべきなのか少し悩んだ。もしも山口さんに声を掛けられたら参加しようかと思っていたが、遠慮されたのか言われずに済みました(でも今後も遠慮してください!)。

Photo by Atsushi Sasaki

 その後、そのまま車座になって「おしゃべり」の時間。それぞれの出身地の話、好きな食べ物の話、「原風景」の話など。伊東(沙保)さんが千葉県、東出(昌大)さんが埼玉県、荒木(知佳)さんが北海道、古賀(友樹)さんが福岡県と見事にバラバラで、山口さんは(たぶん)江東区の出身。「原風景」って何でしょうね、と誰かが言ったのに「何度も夢に見る風景じゃないですかね」と私が思わず口にして、夢の話に移行していった。実は『光の中のアリス』も一種の「夢」の話なんですよね。
 それからひとり30分ずつお時間をいただいて別室でインタビュー。宣伝映像と記録映像の、SCOOLでも何かとお世話になっている日景(明夫)さんがカメラも回してくれる。松原俊太郎さんのZOOMインタビューも見事にテキスト化してくれた髙橋さんと、同じく演出補の土田高太朗さんが立ち会って記録してくれたので、私はただ喋っただけ。荒木さん→伊東さん→古賀さん→東出さんという順番で、全員にほぼ同じ質問をしたのだが、当然ながら問い方も変わるし答え方も答えも異なる。スペースノットブランクとの距離感や馴れ初め(古賀さんの話、全然知らなくて私自身ビックリした!)、伊東さんと東出さんの出演の経緯や現在の心境など、短い時間ではあったが、非常に面白かった。順次公開されていく予定なので、楽しみにしていただきたい。

Photo by Atsushi Sasaki

 そしてようやく稽古となった。4場のおさらい。主に中澤(陽)君が演出としての指示と意見を投げかけつつ、小野さんも適宜、中澤君と相談したり彼に問われて答えたり、俳優にアドバイスをしたりしていた。私は一般に演出家が稽古で何をしているのかをほとんど知らないが、なんとはなしの印象としては、サラリとしているようで微妙に繊細というか、今の時点では、ということだろうが、細かい調整よりも「感じ」を掴んでもらうことに傾注しているように思われた。インタビューでは新参加のお二人が現状の役作り(?)への今ひとつの捉えがたさを語っていたのだが、いざ演技を始めると曖昧さや逡巡はほとんどなく、複数の可能性を色々と試行錯誤してみている感が強かった。稽古期間としてはおよそ半分くらい、初日まで約三週間であり、スケジュール的な進み行きとしては多少遅れ気味なのかもしれないが、まだ全員で走り始めてまもない、全力疾走に向けて「ヒカリス」をインストールしている状態という感じがした。
 「4」をさらった後、残った時間ギリギリまで最初からそこまでを通した。途中で止めたりはせず、とにかくやってみた。当然ながらまだまだ手探り感が多々あったが、ひとつ確実に言えることは、松原戯曲の図抜けた面白さである。意味はよくわからないのに、なんなら全然わからないところもあるのに、なのに無類に面白い。思わず笑ってしまうのだが、その笑いの根本に何が横たわっているのか、はかりがたい。難解かもしれないが異様に可笑しい、まさに「インポッシブル・ギャグ」(松原俊太郎の最新戯曲の題名)。不可能ギャグ。風刺と諧謔に塗れた叙事と叙情。エモコア言語遊戯。アクチュアルなアレゴリーと異化の演劇。前のルポにも書いたが、それは俳優たちによって発話されることによって書記から音声へと変態を遂げる(そのように書かれてある)。まだまだ先は長い(だが時間はもうそれほどない)。しかし本番初日を迎える日には、まちがいなく劇は遺漏なく見事に仕上がっており、チャーミングで戦慄的な「光の中のアリス」が観客の前に立ち現れることを私は理屈抜きに確信したのだった。

Photo by Atsushi Sasaki

 荒木、古賀の二人は、初演にも出ていたしスペノの常連なので、勝手知ったる風で伸び伸びやっている感じだったが、伊東、東出には戸惑いや疑問も垣間見えた。しかしそれは当然のことだろう。それにもしかしたら、それが良いのかもしれない。役を掴んだ(というのがどういうことなのか私にはさっぱりわからないが)と確信し得た時、それこそが罠ではないか。出演者が戸惑いと疑い(それは戯曲にも演出にも自らにも向けられてよい)を手放さないこと、スペノにはむしろそのような状態が最善なのではないか、、などと勝手なことを考えているうちに終了時間となり、映画の撮影があるという荒木さんは颯爽と稽古場を後にし、東出さんも上がって、この日は解散になった。お疲れ様でした。

Photo by Atsushi Sasaki

 次に稽古場にお邪魔した時は、諸々どうなっているだろうか? 本番までに少なくとももうあと1日は見学に行きたいと思っている。行けるかな???

(つづく)

ルポルタージュ:佐々木敦
その1「読み合わせとマーダーミステリー」
その2「戸惑いと疑い」

インタビュー
松原俊太郎
荒木知佳
古賀友樹

Photo by Arata Mino
佐々木敦 Atsushi Sasaki
思考家/批評家/文筆家。音楽レーベルHEADZ主宰。映画美学校言語表現コース「ことばの学校」主任講師。早稲田大学非常勤講師。立教大学兼任講師。芸術文化の複数の領域で執筆、教育、プロデュースなどを行なっている。著書多数。演劇関係の著作として『小さな演劇の大きさについて』。近著として『成熟の喪失 庵野秀明と〝父〟の喪失』『「教授」と呼ばれた男ー坂本龍一とその時代』などがある。
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