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舞台の外で考える|第3回「喪失について」

「舞台の外で考える」は、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクがこれまでの活動を軸に、上演の枠を超えた視点から思索を展開する連載である。連載は、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクとDance Base Yokohamaの共同で実施され、各回ごとに両Webサイトを交互に往来しながら進行する。実験的かつ内省的に、舞台芸術に関わる多様な側面を探究し、アーティストと創造環境の新しい関係性を浮き彫りにする。

これまでの「舞台の外で考える」
舞台の外で考える|第1回「演出捕について」
舞台の外で考える|第2回「滞在制作について」|Dance Base Yokohama

の喪失

これは非常に内省的で、抽象的で、誰のためにもならないような内容になってしまうかもしれない。と思って書き始めている。私たちが喪失を嘆いているようにしか読めないかもしれない。けれども私たちだって何かを思いついて途中でやめたことはあるし、それによって迷惑をかけてしまった人たち、喪失感を与えてしまった人たちがいないわけではない。これは戒めとして書くのかもしれないし、私たちの無価値な吐露として、読んでも読まなくてもいいものになってしまっているかもしれないが、どうか、そういう疑いに蓋をして、単に事実を綴り、共有することが今は重要だと思っているのだと思い込んでもらえれば幸いである。

大抵の「やりたいこと」は「やれないまま」終わる。それは失敗などではなく、そもそも「本来的にやりたいことではなかったのだ」と腑に落ちる場合がほとんどである。例えば、KYOTO EXPERIMENT 2022のメインプログラムに招聘いただき、私たちは劇作家の松原俊太郎とともに、その時点における最新作『再生数』を提案した。それは、舞台を創りながら同時に映画を創るというような舞台で、予算の掛け方も積極的だった。実際にやってみると映画というよりもテレビの生放送を創った感じに近かったが、勘定してみると、それまでに創ってきた舞台の倍以上のお金が掛かるものであることがわかった。予算案をKYOTO EXPERIMENT側に提出した際も、「思ったより高かった」というリアクションを受けた記憶がある。そして、「ああ、きっとこれは本来的にやりたいことではなかったのだ」と強く思い込み暗示をかけることで、「やらない」選択を一度は取ろうとした。しかし、オンラインミーティングで「内容を変更しようと思っている」ことを相談すると、contact Gonzoの塚原悠也さんが「やりたいことを全部やってみたらいい」と言ってくださった。この連載では、さまざまな私たちと関わりのある人々を登場させていきたいが、エピソードとして登場する方にはビッグ・リスペクトを前提の上で、掲載にあたりできる限り事前の確認もしているので、安心して読み進めてほしい。「やりたいことを全部やってみたらいい」、その言葉に強く背中を押されて「やるぞ」と意気込んだは良いものの、実際にやってみるとお金が掛かり過ぎて本当に引退するしかないかと思った。「やりたい」ことを「やる」ことは、もう「何もやれなくなる」可能性を秘めている。しかし今となっては「やってよかった」と言える。だから、塚原悠也さんには感謝している。その翌年の『ダンスダンスレボリューションズ』のクラウドファンディングの際、応援コメントとして「まじで期待しています!! 思いつくこと全部やってほしい。」と言っていただいたのも、contact Gonzoの塚原悠也さんだった。ここにこういうことを書けるのは、私たちと塚原悠也さんの関係性がある程度出来上がっているから、と思われるかもしれないが、たぶんそこまで塚原悠也さんと私たちは親密ではない。それはさておき、「やりたい」ことを「やらない」選択をできるのは私たち自身であり、やってどうなるかわからずとも「やる」選択をできるのも私たち自身である。ということを学んだ、と言いたい。「喪失」とは、「私たちが誰かに機会を奪われてしまう」ことではない。「私たちが機会を取捨選択すること」である。あってほしい。

再生数|KYOTO EXPERIMENT 2022 2022年10月 ロームシアター京都 ノースホール 提供:KYOTO EXPERIMENT 撮影:中谷利明

次項の前置き

ここから、私たちが受け持っていたPARAのクラス「上演デザイン論」が無くなった話をする。これはPARAに対して問題提起をするものではない。私たちが、現代の日本において芸術活動をしている中で起きた出来事を紹介するという目的で書かれるものである。「上演デザイン論」を受けようと思っていただいた皆様。そして、「上演デザイン論」を実施する機会をくださった皆様に、心から感謝している。「こういうことがあった」と忘れないためのモニュメントのようなものであり、それは私たちのためのものである。いつかこれを読むかもしれない未来のアーティストのためであるかどうかは、その時に本人たちが判断してくれたらいい。

PARAの喪失

PARAとは何か。残っているWebサイトから飛べるLinktreeには、「東京・神保町にあるアートスクール併設のオルタナティブスペース。演劇、ダンス、現代美術、人文、哲学など、ジャンルを越境したプログラムを展開しています。」との記載がある。私たちはそこで「上演デザイン論」というクラスを持っていた。その前には、インタビューシリーズ「公演を立ち上げるときに創り手(たち)のしていること」という企画にゲストとして参加したことがあった。その後、クラスを持つことになった。

「残っている」というのは、PARAがすでに終了しているからだ。PARAのWebサイトに残されているのは、「誠に申し訳ありませんが、2024年11月25日をもって、PARAの全事業を停止することを決定しました。」という言葉だ。上演デザイン論の全貌は以下の通り。

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PARA
上演デザイン論

概要
この度、PARAにて、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクによる、「上演デザイン論」クラスを開講いたします。私たちが舞台作家として上演をつくる際に行なっている、「上演デザイン」と考え得ることのできるディレクションとクリエーションの在り方について、知識と経験を共有します。全8回のカリキュラムでは、「上演デザイン」の実践と講評を往還しながら、本クラスのために集まるひとびと独自の判例を積み上げます。あらゆる制約との付き合い方や、「演出」という職能の価値についてなどをディスカッションしながら、参加者の皆様それぞれの「上演デザイン論」を構築していくことを目指します。集中制作期間では、参加者の皆様それぞれの論を前提としながら具体的な「判断」を実践するために、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクによる「上演デザイン」を実際に体験いただき、全体でひとつの上演のクリエーションを行ないます。皆様の役割は総合的に「演出(ディレクション)」と呼ぶことになる予定ですが、上演が安全にデザインされるための細部の調整は私たちが責任をもってつとめますので、安心してご参加ください。本クラスのさいごには「成果公演」としての「上演」を行ないます。よろしくお願いいたします。

全8回
2024年8月4日(日)10:30 – 12:00
2024年9月8日(日)10:30 – 12:00
2024年10月20日(日)10:30 – 12:00
2024年11月17日(日)10:30 – 12:00
2024年11月24日(日)10:30 – 12:00
2024年12月8日(日)10:30 – 12:00
2024年12月22日(日)10:30 – 12:00
2025年1月5日(日)10:30 – 12:00

集中制作期間+成果公演
2025年2月20日(木)- 3月2日(日)

PARA
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2-20-12 第二富士ビル4F

申込受付期間:2024年6月1日(土)12:00 – 30日(日)24:00
選抜方法:面談(2024年7月以降に、オンラインにて実施予定)
開講形式:対面
欠席者向けの録画:なし

価格:80,000円
学生:50,000円

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクより、募集にあたってのメッセージ
2024年8月より、PARAで、私たちの「上演デザイン論」を開講いたします。2025年3月まで、と8ヶ月にわたり、理論と実践とさらにその他の何らかを交錯させて、成果公演を目指します。「上演」とは主に舞台芸術に適用される状況ですが、舞台芸術に関連する経験の有無は特に問いません。「上演デザイン」とは、舞台芸術制作における「演出」という役割の人間が、主体的に検討しなければならない、舞台芸術制作において発生する工程のことを指しますが、「演出」とは決して「演出者」だけが行なっているものではないと考えているため、例えば「出演者」を担う「俳優」の方でも、「ダンサー」の方でも、さらにそれ以外の役割の方でも、興味があれば、参加いただくことが可能です。内容については、あくまでも、私たちが通過してきた舞台芸術制作の道程を再び辿り直しながら、私たちの「上演デザイン論」を起点として、皆様と「上演のデザインの論」を語り尽くして、そしてそれを用いて「上演をデザイン」することは、果たして、できるのか、を考えます。小野彩加と中澤陽は、その実験台として、主体と主体が、主体と客体が、客体と客体が、客体と主体が、絡み合うようにして構築されるプレイモード可変自由の「上演」という遊びのためにたくさん動きます。順序立てて、基礎から応用まで発展していくことができるであろうカリキュラムを、できる限りベストを尽くして検討いたします。皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。
2024年6月1日(土)
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク

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実際に行なわれた講義は、全8回を予定していたうちの最初の3回のみである。その後、PARAの全事業が停止したため、すべてが無くなってしまった。

2024年6月に受講者の募集を行ない、7月は私たちがフランスに滞在していたため、応募者それぞれとオンラインにて面談を実施した。面談は、私たちがこの「上演デザイン論」でやろうとしていることを説明し、応募者それぞれが「何を求めているのか」を聞くための時間であり、定員を超過していたわけでもなかったため、そこから篩に掛けることはなかった。

クラスは、全8回の講義を経て、2025年2月20日(木)- 3月2日(日)の集中制作期間でクリエーションを、成果公演で上演を実施する予定だった。私たちはこの頃から、創造作業を「委譲」することに興味があり、このクラスにおいて、全8回の講義で私たちの「論」を共有し、その上で受講者それぞれが新たな「論」を展開し、集中制作期間においては私たちが受講者たちの「論」に従ってともに創作を行ない、成果公演として上演することを想像していた。

第1回のクラスでは「企画について」、第2回は「空間について」、第3回は「構成について」の話をした。ワークショップとしての実践も交えつつ、それぞれが毎回「何かしらの上演を創る」ことを試みていた。受講者それぞれの何かを「創りたい」という想いの一助になればいいと思っていたし、私たちの「創る」とはつまり「メカニズムの開発」とも近しいことなので、ここから受講者たちが生み出すかもしれない「新しいメカニズム」に強く期待をしていた。

だからか、これが「無くなってしまうかもしれない」と聞いた2024年10月頃、私たちが「絶望」のフェーズに突入するのは容易いことだった。「やりたい」と思っていたこと、そしてすでに「やっていた」こと。私たちだけの問題ではない。多くの受講者たちが、安いとは言えないお金を支払って「やりたい」と思っていたことが、無くなってしまうのだ。私たちはちょうど『光の中のアリス』を創っている頃だった。日々のリハーサルでたくさんの思考を働かせていたが、「上演デザイン論」が無くなってしまうかもしれない、ということがずっと頭の片隅にあった。そしてそれは現実になった。

受講者たちへ受講料は返金されるのだろうか。がっかりしていないだろうか。そういった考えが巡り続け、ただただ私たちの精神を「絶望」が包み込み、私たちは独力で代わりとなる何かを「やろう」と再起することすらできなかった。この喪失は、私たちの心を引き摺り続けている。3回だけ行なった講義の委託料は支払われていない。しかしそんなことを考えるのも嫌になるくらいに私たちの心が擦り減り、私たちはここから何かを生み出さなければいけないと思いながらも、それが何なのか、できるのか、わからなくなってしまっていた。

第4回「企画について」では、私たちが「喪失=私たちが機会を取捨選択すること」から何を獲得し、そしてどのようにして新しい「企画」として立ち上げるのかを語りたい。そう思っていた。だが、「上演デザイン論」で「やりたい」と考えていたことと同じことは、もう「できない」。つまり、「やる」という選択肢を選ぶことが「できない」のである。私たちは、「やりたい」ことと「やりたくない」ことを常に取捨選択している。しかし、私たちの力だけでは「やれない」、取捨選択するための選択肢にならないことだってたくさんある。そしてそれを「本来的にやりたいことではなかったのだ」と言い切れない時もあるだろう。そんな時は、「できない」と言ってしまっていいと思う。だから私たちはこれからも、他者と創り、他者と選ぶ。新しい選択肢を生み出すために、必要なのは他者の存在である。

「上演デザイン論」は、間違いなく「場」ありきのプロジェクトだった。もしも、私たちに「上演デザイン論」を再び「やってほしい」と思ってくれる、そして「やらせてくれる」という「場」があれば、そんな「場」を持っている人がいれば、ぜひ spacenotblank@gmail.com まで連絡してほしい。ただ、そこにPARAの「上演デザイン論」と同じ受講生たちが、同じように再び集まることはもうないだろう。それだけが悲しい。

ダンス作品第1番:クロード・ドビュッシー『練習曲』第2部の喪失

私たちはDance Base Yokohama(以下、DaBYとする)のレジデントアーティストとして、2025年1月にDaBYで『ダンス作品第1番:クロード・ドビュッシー「練習曲」(以下、ダンス作品第1番とする)第1部』を制作し、ワークインプログレスとして上演した。ワークインプログレスと呼んだのは、クロード・ドビュッシー『練習曲』が全12曲からなるもので、今回はその第1部と呼ばれる前半6曲のみを上演する予定だったからである。実際の上演では、『ダンス作品第1番』の「第1部」としてある程度の完成形態を示すことを目指し、音響と照明の櫻内憧海が「これがワークインプログレス?」と思えてしまうぐらいの空間を創ってくれた。その上で、私たちは舞踊家の藤村港平さん、そして再び登場するcontact Gonzoの塚原悠也さんとアーティスト・トークと題してそれぞれ対談を行ない、私たちの実践を客観的に見てどう思ったか、を共有いただいた。そこで共有いただいたものをもとにさらなるリサーチを経て、私たちは第2部を創り、『ダンス作品第1番』を完成させる予定だった。

『ダンス作品第1番』の制作は、DaBYの新企画「Wings」のプロジェクトのひとつとして行なわれており、将来的に日本国外での上演を目指すものだった。私たちが「Wings」に参加するにあたり、何を創るかを検討する必要があり、「Wings」とは別ですでに決定していた『ダンス作品第1番』に加えて、『ダンス作品第2番』『ダンス作品第3番』『ダンス作品第4番』『ダンス作品第5番』をDaBYに提案した。そこから最終的に『ダンス作品第1番』と『ダンス作品第3番』を制作することを選択したのだが、結果として、この『ダンス作品第1番』の「第1部」を制作する最中、「Wings」での制作は1作品に絞られることとなり、事実上『ダンス作品第1番』の「第2部」は「Wings」では制作しないことになってしまったのである。誤解を生みたくないので明言するが、この結果はただのよくある予算の都合が招いたもので、私たちとDaBY双方の合意によって選択したものである。日本で舞台芸術を続けていく上では、きっとこういうことがこれからもよくあるだろうと思う。だからこそ、この「喪失について」を書いておくべきだと思った。

「第1部」までの時点でも、DaBYからはすでに甚大なサポートをいただいた。結果としてひとつの最高と言えるワークインプログレス上演ができたと思う。アーティスト・トークでいただいた言葉も、観客の皆様に見ていただいたことも、私たちの『ダンス作品第1番』の「次」を方向付ける大きな起点となっている。

だから、私たちは、絶対に、何があっても「第2部」を「やりたい」と思っている。「第1部」をともに創造した、ゴーティエ・アセンシ、宮悠介、そして山口静に負担を強いない形態が構築できるように、検討を進めている。観客の皆様には、決して強制することではないが、震えて待て、と言っておきたい。ぞくぞくしちゃうぜー! とかでも構わない。

ダンス作品第1番:クロード・ドビュッシー『練習曲』第1部|ワークインプログレス 2025年1月 Dance Base Yokohama 提供:Dance Base Yokohama 撮影:神村結花

第4回「企画について」では、『ダンス作品第1番』の「第2部」について、具体的にどのようなことを「やろう」としているのか。そしてこの連載「舞台の外で考える」を「やろう」としたきっかけ。さらに、2024年11月にシアタートラムで上演した『光の中のアリス』と、これから創る『ダンス作品第3番』の企画の考え方について、説明したい。

2025年3月20日(木)
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク Ayaka Ono Akira Nakazawa Spacenotblank
二人組の舞台作家・小野彩加と中澤陽が舞台芸術作品の創作を行なうコレクティブとして2012年に設立。舞台芸術の既成概念と、独自に研究開発する新しいメカニズムを統合して用いることで、現代における舞台芸術の在り方を探究し、多様な価値創造を試み続けている。固有の環境と関係から生じるコミュニケーションを創造の根源として、クリエーションメンバーとの継続的な協働と、異なるアーティストとのコラボレーションのどちらにも積極的に取り組んでいる。2023年度より、Dance Base Yokohama レジデントアーティストとして、これまでに企画「継承する身体」の滞在制作、『訓練されていない素人のための振付コンセプト001/重さと動きについての習作(原作:contact Gonzo)』のショーイング、『ダンス作品第1番:クロード・ドビュッシー「練習曲」』第1部の滞在制作と上演を Dance Base Yokohama にて実施。世界に羽ばたく次世代クリエイターのための Dance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト “Wings” にて、新作『ダンス作品第3番』を創作、上演予定。

舞台の外で考える|第1回「演出捕について」
舞台の外で考える|第2回「滞在制作について」|Dance Base Yokohama
舞台の外で考える|第3回「喪失について」
舞台の外で考える|第4回「企画について」|Dance Base Yokohama

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