舞台の外で考える|第1回「演出補について」
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「舞台の外で考える」は、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクがこれまでの活動を軸に、上演の枠を超えた視点から思索を展開する連載である。連載は、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクとDance Base Yokohamaの共同で実施され、各回ごとに両Webサイトを交互に往来しながら進行する。実験的かつ内省的に、舞台芸術に関わる多様な側面を探究し、アーティストと創造環境の新しい関係性を浮き彫りにする。
舞台の外で考える
考えるべきことがあまりに多すぎるので、まずは連載を全4回で区切り、「演出補について」「滞在制作について」「喪失について」「企画について」をそれぞれの主題に据えることにする。3つ目の「喪失について」とは、つまり「企画頓挫について」であり、それを経て4つ目「企画について」でそこからの立ち直りを思索したい。今思ったこと、現状の現実味を書き連ねる。それが私たちの現在地であり、完全ではないことを前提とする。私たちはいつまでもメインストリームの心構えで外角低めに邁進し、コントロールすればするほど打ちにくい変化球を発明してしまう。
私たちは二人組の舞台作家である。2人でプロジェクトを立ち上げ、プロデュースし、ディレクションする。ただ、プロデュースに関しては、ずっと別の誰かに任せたいと思っている。本当は作品づくり以外のことはやりたくないし、考えたくない。だから、私たちの活動に興味があり、ともに隆盛を極めようという意欲のある方がいれば、ぜひ spacenotblank@gmail.com までメールしてほしい。私たちはどこまでいっても芸術家であり、プロデュース能力はあくまで付帯的なものにすぎない。日本ではそれでもやらざるを得ない現実があるが、本音を言えば、作品づくりに専念したい。一緒に動いてくれる、考えてくれる人を心から必要としている。劇場のアソシエイト・アーティストだって、二つ返事で引き受ける。
光の中のアリス 2024年11月 シアタートラム 撮影:日景明夫![]() |
2024年11月、シアタートラムで上演した『光の中のアリス』。作は、これまでに『ささやかなさ』『光の中のアリス』『ミライハ』『再生数』『ダンスダンスレボリューションズ』の5作品を協働してきた松原俊太郎。この上演にあたり、演出補をチームに迎えようと考えたが、頼める人がすぐに思い当たらず、オープンコールを実施することにした。「2024年の2つのオープンコール(異なる舞台の出演者と演出補)」と銘打って募集をかけたところ、予想を遥かに超える応募が集まった。応募してくださった皆様に心から感謝している。選考は書類審査とオンライン面談で行ない、面談は私たちではなく、リハーサル・ディレクターの山口静に任せた。一般的な権力勾配は避けがたく残るにしても、演出者のみの判断で演出補を選んだという事実が、その後のクリエーションにおける上下関係を強めるのではないかという懸念があったからだ。山口静からオンライン面談での応募者たちの印象を伺い、最終的に髙橋遥と土田高太朗の2人に演出補を依頼した。当初、募集要項には「演出補1名」と記載し、1人だけを選ぶつもりだったが、検討を重ねた結果1人に絞りきれず、演出補同士でも対話を深められる可能性があることを考慮して、2人にお願いすることにした。
『光の中のアリス』には、私たちが出演することがあらかじめ決まっていた。演出補を招きたいと思った最初のきっかけは、「自分たちが出演するシーンで客観的な意見がほしい」というシンプルな思いだった。だが、実際のクリエーションでは「ここを見てほしい」といった具体的な指示はほとんど出さず、リハーサル全体を通じて意見を交わしながら進めた。私たちの4つの目に演出補の4つの目が加わり、合計8つの目で演出を構築する空間が生まれたと感じている。そうした緊張感があった。具体的な判断は私たちが行なうという前提に加えて、髙橋遥と土田高太朗の存在がリハーサルに刺激を与え、「見る」「見られる」「見せる」「見させる」という関係が複雑に反射し合っていたと確信している。
上演では、荒木知佳の瞬間移動トリックを実現するため、髙橋遥がスタントダブルのような役割で迫りの上に立ち、下から上に両腕だけを荒木知佳のものとして突き出して出演した。全編英語字幕付き上演だったため、土田高太朗は映像の加藤菜々子と組み、字幕の細かい調整を最後まで担った。どちらもが多様な役割を果たしながら、上演を支える欠かせない存在として機能していた。
光の中のアリス 2024年11月 シアタートラム 撮影:日景明夫![]() |
演出補とは何か
私たちが初めて演出補を迎えたのは、2019年3月に北沢タウンホールで上演した『言葉だけでは満ちたりぬ舞台』だった。演出補を務めた山下恵実は、「ひとごと。」を主宰する演出家、振付家である。この時点ではまだ「ひとごと。」としての作品発表はしておらず、制作者からの紹介で協働に至った。この舞台は一般参加型の企画で、出演者が10人を超える規模の作品を私たちが初めて手がけたものだった。そのため、私たちとは異なる視点でクリエーションに参加する存在が必要だと感じ、山下恵実をチームに招いた。
リハーサルごと、場面ごとに意見を交わしながら進め、山下恵実には私たちと異なる視点から率直な意見をチーム全体に述べてもらった。私たちから細かく「これをしてほしい」と指示するよりも、そこに居て感じたことを伝えてもらうことが主な役割だった。当時、チームにはリハーサル・ディレクターという役職がなく、ウォーミングアップの進行やチーム全体の調子を管理する役割を担ってもらうこともあった。この時点で、私たちにとって演出補は、舞台創造に新しい視点やアイデアを吹き込むために極めて重要な存在だと実感していた。
特に印象的だったのは、演出補という立場を活かして、山下恵実が私たち以上に率直な意見をメンバーと気兼ねなく共有していた点である。私たちが印象を述べると、それはディレクションとして機能し、メンバーの表現の方針に直接影響を与えるリスクがあった。対して、演出補の意見はそうした意向とは一線を画す客観的な視点として、上演の「今」を浮かび上がらせてくれたように感じた。チーム全体がクリエーションの現在地を都度確認し続ける状況が、そこには生まれていた。
言葉だけでは満ちたりぬ舞台 2019年3月 北沢タウンホール 撮影:三野新![]() |
次に私たちの演出補を務めたのは、2021年11月に穂の国とよはし芸術劇場PLATのアートスペースで上演した『ミライハ』での古賀友樹だった。『ミライハ』は、穂の国とよはし芸術劇場PLATが継続的に実施する「高校生と創る演劇」の一環として制作され、『光の中のアリス』と同じく松原俊太郎が作を務めた。古賀友樹は、私たちの舞台にたびたび出演する俳優で、演出を専門にはしていない。それでも演出補を依頼したのは、松原俊太郎との協働に私たちとともに継続的に関わっていたことと、高校演劇の経験があったからである。高校生が演劇に取り組むとはどういうことかを理解し、松原俊太郎の戯曲と高校生たちが経験してきた演劇における戯曲との差異を、実感として高校生たちと共有し続けられるのではないかと考えた。実際、その通りだった。
古賀友樹の役割は、印象を伝えるだけに留まらず、高校生たちと対話することに終始していた。具体的に何を話していたかはわからないが、松原俊太郎の戯曲を読むこと、演じること、演劇をすること、さらには受験や学校のこと、そして『ミライハ』に照らした未来のことなど、さまざまな話を交わしていたのだろうと想像する。俳優ならではの視点で、「こうやってみよう」と単純な見本を提示できた瞬間もあったはずだ。上演時には明確な出演者ではない形で高校生たちと舞台に上がり、上演を進行する役割を担った。高校生たちにとって、古賀友樹がともに舞台に居ることが支えとなり、字義通り上演の成立を補う存在として機能していた。
私たちにとって演出補とは、細かなディレクションを超えた次元で、創造環境全体に新しい視点やアイデアを吹き込み、客観的な意見と、個々の意志の両方で上演を支える存在だと捉えている。クリエーションにおける問題に対して、具体的にどう対策すべきなのかを指し示す知の占有はせず、ただ「今何が起こっているのか」を客観的に共有し、チーム全体が現在地を確認し続ける。その実践がクオリティを創出し、上演でもそれを再現するための下支えとなる。そこに、私たちだけの目では見えない何かが創造される余地がある。
さらに、演出補は明確な分業を担保する存在でもあることを明記しておきたい。私たちは二人組ゆえに、別々の場面を同時進行することもあるが、演出補が居ればさらに役割を分担できる。これから組み立てる場面の練習を事前に進めたり、すでに組み立てた場面の反復練習をともに行なったりする。そうした動きがそれぞれの空間で同時進行し、自動化され、それぞれが知らない間に舞台が完成に近づいていくのは、私たちのクリエーションでよく見られる光景だ。演出補の存在が出演者に自ら動く意欲を与え、それぞれが創造環境に自分なりのやり方で臨むきっかけを生み出しているのである。
ミライハ 作:松原俊太郎 2021年11月 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 撮影:伊藤華織![]() |
第2回「滞在制作について」では、継続的な「場所」との協働について考える。私たちが「場所」に根を張り、短期集中的な創造作業を実施することで何を発見したのか、2025年1月のDance Base Yokohamaにおける『ダンス作品第1番:クロード・ドビュッシー「練習曲」』の滞在制作を例に、問いながら掘り下げたい。
2025年3月6日(木)
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク Ayaka Ono Akira Nakazawa Spacenotblank
二人組の舞台作家・小野彩加と中澤陽が舞台芸術作品の創作を行なうコレクティブとして2012年に設立。舞台芸術の既成概念と、独自に研究開発する新しいメカニズムを統合して用いることで、現代における舞台芸術の在り方を探究し、多様な価値創造を試み続けている。固有の環境と関係から生じるコミュニケーションを創造の根源として、クリエーションメンバーとの継続的な協働と、異なるアーティストとのコラボレーションのどちらにも積極的に取り組んでいる。2023年度より、Dance Base Yokohama レジデントアーティストとして、これまでに企画「継承する身体」の滞在制作、『訓練されていない素人のための振付コンセプト001/重さと動きについての習作(原作:contact Gonzo)』のショーイング、『ダンス作品第1番:クロード・ドビュッシー「練習曲」』第1部の滞在制作と上演を Dance Base Yokohama にて実施。世界に羽ばたく次世代クリエイターのための Dance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト “Wings” にて、新作『ダンス作品第3番』を創作、上演予定。