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ラブ・ダイアローグ・ナウとネイティブを終えて。

ありがとうございました。

せんがわ劇場の方々が本当に親身に僕たちのやりたいことに向き合ってくださり、昨年のグランプリ受賞から、受賞公演最終日まで、たくさんの尽力をしてくださいました。舞台部の皆様も、嘱託員の皆様も、受付の皆様も、コーディネーターの末永明彦さんも、アドバイザーの徳永京子さんも、コンクールの際からお世話になったJAPLINの桒原秀一さんも(3人は制作の現場にまで足を運んでいただきました。)、そしてせんがわ劇場に携わっている芸術家の皆様も、ゲネプロを見に来ていただいたり、本番も見に来ていただいたり。ありがとうございました。そしてそういうすべてを含めてせんがわ劇場という場所に感謝したい気持ちです。

僕たちがコンクールで制作した「ラブ・ダイアローグ・ナウ」は、「出会いについて」の作品であり、「劇場」という場所が「出会いの場所」であることを描きたいと当初から考えていました。そのコンセプトをより練り込み、年代問わず、過去を振り返るのだけが「出会い」ではなく、未来へつながっていくのが「出会い」の価値であることを考えながら、劇場というその場所でどう表せるのか。たくさん考えて、出演者の4名も、はじめは戸惑うこともありましたが(膨大な台詞量を膨大な練習量によってカバーしてくれた4人には、敬意しかありません。)、劇場に入って、実際に観客と対話しはじめると、みるみる空間を拡げていってくれていました。初日から、味わい深く、最終日には100名近い観客に押されながら、押し返し、空間全体が美しく作品として成立していたように感じました。僕だけが、そう感じていたとしても構わないな。と思うくらいに、美しい空間だったと感じています。ありがとうございました。

新作の「ネイティブ」は、かなり最初の段階から、僕たちの表現の根幹をどう示せるかという心地で制作をはじめ、出演者も、かなり大きなばらつきをあえて出し、グランプリ受賞公演で、まあいわゆるカタい作品をやらなければいけないと思われるその場所で、初舞台制作参加の馬田佳織さんに出演いただく(馬田さんはとても真摯に作品と向き合ってくださり、初舞台かどうかが重要でなくなるほど尽力いただきました。)、など、常軌を逸したキャスティングをしたわけですが。それでも、技術と、想像と、怒りは、すべての人にあらかじめ備わっているものとして、この作品は、これから生み出すのではなく、はじめから生み出されていたものだ、と。できることをやるだけで、それが表現に成り得るのだ、と、示すことは、できたと思います。

課題はたくさん残ります。これは観客の目に見えない部分の話の方が多いかもしれません。

作品は、観客の皆様の見ていただく状態が整えば成立しますが、準備段階や、運営、そのほか諸々には、たくさんの課題を見出すことができました。それだけで、僕たち団体としても、非常に大きな収穫だったと思います。これは、2月に参加させていただいた下北ウェーブ2018から引き続いてのことでもあります。

ただ、それでも予想をほぼ倍近く上回る観客の皆様にご来場いただいたこと、非常に嬉しく思っています。

今回の受賞公演が、何を以って成功といえるのかはわかりませんが、新作が常に最高傑作であるからには、次の段階へと、作品も、団体も、僕たち個人個人も、新しい段階へ足を踏み出す心構えをすることができる公演となりました。

ご来場いただいた、すべての誰かにとって、僕たちの作品が、今、の自分と、今まで、の自分と、今から、の自分を受け容れ、表現は僕たちだけが行なっている、ものではなく、すべての誰かが、表現を行なっている、ということを考えるきっかけになれたら、嬉しいです。

ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。

また会いましょう。

中澤陽

ラブ・ダイアローグ・ナウ/ネイティブに向けて。

ひどい。
2月から何も書いていない。制作過程をもっと書いて、自分で反芻して、考えたかったのに。

後悔はしませんが、憔悴しています。

2作品を、厳密にはせんがわ劇場で1回しか上演できなかった作品をもっとやりたい。という気持ちから、でも新作も作りたい。という気持ちから、企画しましたが、予想以上に大変な部分も多くて、何より1日中制作に没頭しないとならなくて、誰もそこに賃金を発生させてくれないので、だからといって深夜とかの空いた時間に働いていたら過労死レベルを超えてしまうので、他人に迷惑をかけて、作品を制作している状態です。本当にごめんなさい。

2月で舞台もさらさら飽きていて、5月はさてどうやって舞台じゃないものを作ろうか、と、毎回考えてはいるのですが、見る人たちにとって、それが舞台であるかどうかはあまり重要じゃなくて、僕たちにとってもあまり重要じゃなくて、舞台がどう、表れるかをじっくり待つ、ということが重要なのかな、と思ったりしています。

ラブ・ダイアローグ・ナウは、良くなっています。4人の出演者がとても良く絡み合っていて、僕たちはもっともっと、と発破をかけていますが、たぶん本番に向けてより良くなるでしょう。昨年のコンクールとはまったく違います。が、ちゃんとアップグレードしています。

ネイティブは、これまでの僕たちの表現手法をより強固にした作品にはなっています。あとは個々の意識次第です。正直、悪しき集団性が生まれている気もしなくはないので、構成はほとんど孤立させています。環境作りが、良くも悪くも、最終的にまとまりがどうなるかはわかりませんが、出演者たちの意識が向上していくことによって、良い作品になるでしょう。

両作品とも、短期間ながら順調に制作を進めて来て、いよいよ来週本番となります。本番も何もないのですが、意識を欠いた出演者からひとりずつ死んでいくような作品を作っています。パフォーマンスとは、殺し合いなのです。

誰かに迎合したり、一瞬でもパフォーマンスの品質を考えない瞬間があろうことなら、観客の前で何かをする必然性はなくなってしまいます。

帰ってこない一分一秒のために、僕たちは制作を続けます。

ぜひ、よろしければ、2作品とも見ていただければ幸いです。

皆様のご来場、心よりお待ちしております。

ラブ・ダイアローグ・ナウ/ネイティブ
2018年5月10日(木)〜5月13日(日)
於 調布市せんがわ劇場
詳細、ご予約は、こちらまで

中澤陽

緑のカラーを終えて。

出演者として制作に携わっていただいた皆様。
下北ウェーブ2018、スタッフの皆様。
そして実際に作品を見に来ていただいた皆様。
ありがとうございました。

当日パンフレットにチラと書きましたが、昨年7月に行われた第8回せんがわ劇場演劇コンクールにてグランプリをいただき、今年5月に再び、せんがわ劇場にて公演を行うことになりました。

グランプリを受賞した作品、ラブ・ダイアローグ・ナウと、新作の2作品を交互に上演する予定です。

緑のカラーもまた上演したいです。見に来て気に入っていただけた方は、よろしければ作品として売っているので買っていただければ幸いです。

今後とも、よろしくお願いいたします。

中澤陽

荒木知佳|緑のカラー・出演者インタビュー

スペースノットブランクの作品に、初めての参加となる荒木知佳。現在大学4年生の彼女が、小学生の頃から今に至るまでの変遷を章形式で聞いた。インタビューは石倉来輝との対談形式により、人々が行き交う街、渋谷にて行われた。


夜の渋谷にて。 撮影:石倉来輝

荒木知佳 あらき・ちか
1995年7月18日生まれ。俳優。多摩美術大学美術学部演劇舞踊デザイン学科在学。俳優として、天ぷら銀河「テレビ万歳」「魔法の魔法の魔法瓶」、ヨネスク「奥の森の方」、FUKAIPRODUCE羽衣「愛死に」などの作品に参加している。

目標があってそこに進む、とか、考えなきゃ、とかじゃなくて、常になんかわかんない状態、みたいな。

___石倉:ここまでの稽古は、どうですか?

荒木:わかんない、のが、おもしろい。なんか。

___石倉:わかんない。

荒木:自分、何してんだろ、みたいな。

___石倉:例えばどういった時に思うんですか?

荒木:なんか立ってて、寝ちゃったりとか。ずっと立ってて、無になっちゃった、呼吸をしていて、眠さもあり、目をつぶってたら、本当に寝ちゃってたらしくて、全然気づかなくて、ずっと目をつぶってたんだよね。そういうの、もう、わかんないから、おもしろいなあって。

___石倉:そんなこといままでありましたか。

荒木:ない。なんか、目標があってそこに進む、とか、考えなきゃ、とかじゃなくて、常になんかわかんない状態、みたいな。別にゴールとかもわかんないし、今、何が正解みたいなのもわかんないから、素でいれる、っていうか、なんだろうね、何も考えてない。頭は、常に。

___石倉:そういう、わかんない、に飛び込む時、何を信じて飛び込んでますか。

荒木:その日の気分。自分の気分。なんだろう。でも空間が結構、何をしてもいいよ、じゃないけど、すごい許される空間みたいなのが、そういうの初めてで、すごい良いなって思う。みんながフラットな感じ。

___石倉:荒木さんは、北海道出身だということ、上京してきたのは、大学で?

荒木:大学で。大学に、入るため。

___石倉:それは、演劇をやろうと思って?今も大学生なんですよね。

荒木:はい。多摩美の4年生。でも、別に演劇しようってわけじゃなくて。

___石倉:どうして上京ってことになったんですか?

荒木:雪が、嫌だったから。東京行きたくて、友達が多摩美の美術に入りたくて、でその子が調べてたら、演劇の新しい学科できるよ、みたいなの教えてくれて、それで、知佳なんかあってんじゃない、ってなって。一緒に東京行きたいし、一緒に行くか、って多摩美を受け、それで受かって。

___石倉:その新しい学科ができるよって時に、演劇に対する自分の興味っていうのはあったんですか?

荒木:ふざけて、小学校の夢で、女優、って書いてたの。あと、1回、市民ミュージカルみたいなのに、お母さんにやれやれすごいいわれて出て。いいじゃんみたいな。で、中学校の学芸会みたいなやつで、知佳、主役やれ、みたいな、そういうことはやったことあるけど。

___石倉:お母さんにやれっていわれてやってみて、自分の感情はどうでしたか?

荒木:普通に楽しかったけどね。でもバスケとかスポッチャしてる方が楽しかった。

___石倉:その頃は、バスケしてたんですね。

荒木:ずっとバスケしてた。スポーツしかしてなかった。

___石倉:振り返って、その時の荒木さんはどんな人でしたか。

荒木:小学校の時は、友達とコンビ組んで、ネタ考えて、先生に週1で見せて、点数をもらうっていうのをやったりしてた。先生も結構厳しい。60点だよ、とか。もう1回やって、とか。2人で作って、先生呼んで。バスケ部の部室とかでも、後輩座らせて、見せたりしてた。

___石倉:バスケ部は、中学校の頃ですか?

荒木:小中高。田舎だから、小中はみんな一緒。バスケ部は、小中高。

___石倉:その頃からお笑いが。人前で何かすることが好きだったんですね。

荒木:好きだった。笑ってくれるのがめっちゃ楽しかった。笑われるのが好き。

___石倉:どんなネタをやってたんですか。

荒木:ジャクソン、ジャクソン、マイケル・ジャクソン。みたいなやつ。

___石倉:コンビ名は?

荒木:プリプリプリン。恥ずかしい。


夜の渋谷にて。 撮影:石倉来輝

めっちゃ負けたくない。過去の自分とかに一番負けたくない。

___石倉:その頃から演劇を見たりしてましたか?

荒木:お母さんがめっちゃ好きだから。富良野塾とか、あとは劇団四季。ファンクラブ入ってて、見に行くぞみたいな感じで連れて行かれて。

___石倉:その頃はまだ将来何になるっていうのは。

荒木:なかった。女優とは書いてたけど、でも本気でなる。とは思ってなくて。

___石倉:その後、多摩美に入って、どうでしたか。

荒木:おもしろかった。多摩美で色んな友達ができた。八王子キャンパスとかとの関わり方とかが楽しかった。なんか美術みたいなのが楽しい。今は美術の方が興味ある。でも、舞踊も楽しかった。勅使川原さん(勅使川原三郎)楽しかった。こんな経験初めて、みたいな。3時間ジャンプし続けて、めっちゃ笑顔になってて。でも2年間やって、最後にはもう3人とかしかいなくて、でも私はずっといて、1回も休んでない。楽しかったから。

___石倉:そういう経験と、いままで見た演劇とかは、変わらなかった?

荒木:そもそも持ってなかったからなあ、価値観ていうのを。野田秀樹さんを知り、あ、こんな声出して動くんだ。スポーツやってたし、超楽しい。みたいな。で、うわあ!っていうの好きだったけど、でも知佳はちゃんとした演劇もした方がいいんじゃない、っていわれて、で柴さん(柴幸男)来て、台詞初めてちゃんと読む、みたいな。

___石倉:それまではちゃんとやってなかったんですか?

荒木:高都先生(高都幸男)も、とにかくやってみろ、みたいな感じだったから、1年生の頃は、集中して役考えてとかじゃなく。柴さんの授業になって、すごい台本を考えたりとか、普通の会話みたいな演劇、あるんだ、みたいな。そういう小劇場みたいなのを知って、あ、そういうのもあるんだなっていうのを知って。

___石倉:その辺りから、荒木さんは外部にも出演し始めるんですよね。

荒木:そうだね。呼んでいただいて。でも負けたくないみたいな気持ちがいっつもあるんだよね。負けず嫌い、みたいなの。ずっと。そういう大人の、プロみたいな人がいても、負けたくない。みたいなのをずっと思ってた。思いながらやってた。わかんないけど、若いから頑張ってるな、って思われるのが一番嫌だって思いながらやってた。外部は大人ばっかりだから。若いな、って見られたくないな、って思いながら、やってました。

___石倉:普段は穏やかでふわふわしている印象が第一印象であったので、そういう闘争心みたいなのがあるとは思ってませんでした。

荒木:そうなんだ。めっちゃ負けたくない。過去の自分とかに一番負けたくない。

___石倉:仲間とかじゃないんだ。同い年の人とか。

荒木:同い年の人はね、何も思わないんだよね。みんな違うから、みんなそれぞれだな、って思って。過去の自分とか、一番負けたくない。だから勅使川原さんのとかも、1回休んだら体力が衰えちゃうから、昨日より衰えてるのとかが、もうバスケとかも、1日100本打たないと。100本入るまで帰んなかったりしてた。そういう負けず嫌い。昨日よりも1本多く入れる。みたいな。精神が。マジ悔し泣きとかするもん。自分ができなくて。昨日はできたのに、みたいなのは、ある。

___石倉:外部に出てても、大学にいてもありましたか?

荒木:わかんない。ダンスとか、そういう体力的な問題かな。

___石倉:体力。今は22歳ですよね。

荒木:22歳。絶対、勅使川原メソッドずっとやってた時よりは、体力ない。もう本当嫌だ。やんなきゃって思ってる。最近。跳ばなきゃ。でも舞台何回も見に来てくれてて、成長してるなって思われないと、嫌だなってなる。前の方が良かったとかいわれると、うわあ、とかなる。


渋谷のカフェにて。 撮影:石倉来輝

東京はおもしろいですね。東京っていうか、こっち。色んな人がいるし。色んな場所があるし。

___石倉:自分の今までの人生を、章に分けるとしたら、どの辺りまでが第1章とかありますか?

荒木:第1章。小学校3年生まで。小3なって、バスケやったり。バスケやった理由が、めっちゃ太ってたの。すごいデブだったから、なんか痩せた方がいいなって思って、で小3から部活に入れるから、動けるやつやろうって思って、バスケ部に入って、で頑張るモチベーションはもう痩せるため、ずっと、常に。走るのとかも、みんなバテるんだけど、私はもう痩せるため、ってずっと思って、そしたらガリガリに痩せた。小6。小3から人生が変わった。男の子からも声掛けられるようになったし。今より昔は根暗で、全然喋らないし、恥ずかしがり屋の極み、みたいな感じだったんだけど、バスケ部入って、自信持ててから変わった。第1章はそこまで。金八先生って呼ばれてた、デブで、髪型が長いセンター分けだったから。

___石倉:第2章はどんな感じですか。

荒木:第2章は、小3から高校まで、かな。その間がめっちゃ痩せてて、一番自信持ってた時期。違う学校のバスケ部の男子が、私4番だったんだけど、なんか4番可愛い、っていわれてたりしてた。中学校にバスケ部がなかったから、自分たちでバスケのクラブチーム作って、学校の部活は卓球と陸上掛け持ちでやって、3つやってた。常に動く、みたいな。でピアノと、習字も習ってて、なんか自分イケイケって思ってた。なんでもできるぜ、って感じで思ってたけど、中3の高校受験で部活を辞めてから、また激太りして。動かないと、どんどん太る。


夜の渋谷にて。 撮影:石倉来輝

___石倉:そして第3章が。

荒木:第3章が、高校生。高校の3年間。すごかった。いじられて、ずっと日村のモノマネとか。トイレに呼び出されて、女子クラスメイトみんな女子トイレ入って、AKBのモノマネやれ。とか。いじめってほどにはいかないけど、知佳のネタ見に行くぞ!とか。全身タイツでパフォーマンスしたりしてた。やばいやつだった。共学で、全然モテなくて。もう、やばキャラナンバーツー。それを経て、友達が多摩美行こう、ってゆってくれた。あとはラジオやってた。地元のFMラジオ。私たちの高校が呼ばれる高校生枠があって、卒業する人がやりな、ってゆってくれて。で高校の頃やってた。

___石倉:高校の頃は、割とパフォーマンスの片鱗が。

荒木:片鱗あった。

___石倉:それを経て、第4章。

荒木:第4章。大学生。多摩美。大学入ってから、なんかちゃんと恋愛も経験した。経験ていうか、ちゃんと付き合うってことを知る、みたいな。それまではなんか微妙なよくわかんない感じだった。ちゃんとしてなかった。付き合うってこういうことなんだなあって。色んな男の人がいるんだなあって。大学すごかったなあ。東京はおもしろいですね。東京っていうか、こっち。色んな人がいるし。色んな場所があるし。

___石倉:北海道から東京に来て、一番違ったことというかびっくりしたことってなんですか?

荒木:梅雨がある。梅雨。なんだこれ、って思った。

___石倉:北海道にはない?

荒木:ない。あとエアコンは冷房だけだと思ってたの。だから1年の頃、冬、何もつけないで過ごしてた。寒すぎた。エアコンあるのに、暖房あるって知らなくて、東京寒い、って思って。北海道はね、部屋の中あったかいからね、めっちゃ。

___石倉:人の感じとかはどうですか。

荒木:道ゆく人は、他人て感じ。地元だとさ、通る人全員が知り合いって感じだから、鼻くそほじって歩いてたとするじゃん。で車ぶーんて通るとするじゃん。絶対知り合いに見られてんの。だからそういうのできない。でもこっちは、もう2度と会わない人ばっかりじゃん。だから鼻くそほじくったりとかしても、興味ないでしょ。こっちだと。見ないし、もう2度と会わない。だから自由でいれる、こっちの方が。向こうはもう、絶対知り合いだもん。


夜の渋谷にて。 撮影:石倉来輝

目標、理想みたいなのを、持たないようにしたいなあ。って。予想したくない。わかんないけど。

___石倉:スペースノットブランクの作品に参加するのは、初めてですよね?どうして出ようと思ったんですか?

荒木:声を掛けていただいたから。

___石倉:初めて作品を見た時はどうでしたか?(第8回せんがわ劇場演劇コンクールにて「ラブ・ダイアローグ・ナウ」)

荒木:なんだろう。なんか見たことない感じだった。最初は言葉を聞こうと思って、何をいいたいのかなって聞いてて。小松くん(小松大二郎)のことをみんな喋ってるのかなって聞いてたんだけど、途中から、言葉ってよりか、その小松くんの動き見てた。動きがおもしろい、ってなって、後半はもう、音あんま聞いてなかった。言葉あんま聞かずに、なんか動いてたり定規持ったり、古賀さん(古賀友樹)がなんか紐もってたりして、おもしろいな、みたいな。頑張って聞いてたのが、全体の形、フォルムがおもしろいなって。

___石倉:初めてのお二人(小野彩加、中澤陽)の印象はいかがでしたか。

荒木:めっちゃちゃんとしてるな、って思いました。しっかりスケジュールの表もあったし。信頼できるなって思いました。

___石倉:実際に参加してみて、お二人の印象がそこから変わったりとかしましたか。

荒木:変わらない。自由。自由って感じ。中澤さんはおもしろい、おもしろい。彩加さんもおもしろい、おもしろい。

___石倉:おもしろい4回。もう少し知りたいです。

荒木:嘘なのか本当なのかわかんないとこがおもしろいですね。中澤さん。常に。存在が本当なのか。喋ってることすべてが、何をゆってんのかなあって、本当なのか、嘘なのか、企みなのか、素直な言葉なのかが、わかんないから、おもしろい。彩加さんはずっと動いてるし、単純に身体の動きとかがおもしろいし、時々喋ったりする時とかも、爆発的におもしろい。爆発。みたいな感じ。爆発人間、って感じがします。

___石倉:その他の出演者の人たちについてはどうですか。

荒木:みんなね、すごいね、優しい人たちです。すごく。自分の色みたいなのが強い気がする。みんな。接しやすいんですよ、とても。優しい。暖かい。心が。冷めた人がいない。人間が暖かい。わかんないけど。黒木さん(黒木龍世)はわかんないけど。安心するんですよ。メンバーを見ると。このメンバーでよかったなあ。って思います。自分も素でいられるっていうか、気を遣わない。話さなきゃみたいなのもないし。ピリピリモードみたいなのもないし。

___石倉:佐々木美奈さんが、自分より年下のみんなをしっかりしてるってゆってました。

荒木:私しっかりしてないと思う。でも、望生ちゃん(鈴木望生)しっかりしてると思う。

___石倉:鈴木さんが一番年下ですもんね。荒木さんが、下から2番目。

荒木:望生ちゃんしっかりしてる。悩み相談もできるタイプ。みんなにできる。相談。おもしろい。帰り道が、ミヲさん(石田ミヲ)と結構一緒だから、そういう相談というか、思ってること話したりとか、プライベートの相談したりとか。古賀さんも安心する存在ですね。昔から知ってるし。結構古賀さんがいる時点で、あ、やろう、参加する。っていう。安心して、参加したいな、と。

___石倉:ここから本番に向けて、近づいてますけどどんなこと思ってますか。

荒木:目標、理想みたいなのを、持たないようにしたいなあ。って。予想したくない。わかんないけど。

___石倉:荒木さんが、今後自分の人生みたいなのが何章も続いていく中で、今後に向けて、何かありますか。

荒木:顎を手術するのね。私、顔が変わるから、その時点で、章が変わる。顎と歯が綺麗になって、CMに出たいって夢があるから、それは叶えたい。今の願望。でも顎だけじゃないじゃんCMって、スタイルとかもあるでしょ。そこまでに、どういう経験を積んで、顎の手術を迎えるのかなって、考える。

___石倉:見た目によって章が変わってくんですね。

荒木:見た目気にしてるのかなあ。あるかもしれない。すぐ太っちゃう体質だから。第3章からは痩せたい、しか思ってない。常にずっと。でも痩せれない。

___石倉:CMに出たい。更にその先はありますか。

荒木:書道。習字、書くのも好きだから、そういう場も常にあったらいいな。って。


夜の渋谷にて。 撮影:石倉来輝

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第28回下北沢演劇祭参加作品
下北ウェーブ2018選出
緑のカラー
2018年2月8日(木)〜2月11日(日)
於 小劇場楽園

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出演者インタビュー掲載中
古賀友樹
佐々木美奈
鈴木望生
黒木龍世
石田ミヲ

インタビュー:石倉来輝
編集:中澤陽

石田ミヲ|緑のカラー・出演者インタビュー

2017年9月に行われたスペースノットブランクとして初めてのワークショップオーディションに参加し、出演することになった石田ミヲ。大学卒業後本格的に演劇を始め、その後様々な舞台を経験しながら本作に参加することになった経緯と、彼女のこれまでの変遷を聞いた。インタビューは石倉来輝との対談形式により、「緑のカラー」稽古場にて行われた。


「緑のカラー」稽古場近くの緑道にて。 撮影:石倉来輝

石田ミヲ いしだ・みを
1987年7月8日生まれ。俳優。俳優として、バストリオ「Rock and Roll」「Very Story, Very Hungry」、サカサマナコ「祝辞の方法」「箱庭の愛で方」「ゆびさきの半景」「たたずむことしか」などの作品に参加している。

この人たちと一緒にできて幸せだなあみたいな風に思ってて。皆さんすごい、うまくいえないんですけど、能動的な人が多い感覚があって、なあなあでやろうとしない。

___石倉:白湯、なんですか?

石田:白湯、が好きで。今年の冬からちょっとハマっちゃって。白湯飲むとホッとするし、内臓が休まってる感じがあるんで、いつも稽古の時はもっと大きい1リットル入るピクニック用のを飲んでます。白湯、いいですよ。今、おいくつですか?

___石倉:今、二十歳です。

石田:もうちょっとしたら、白湯が欲しくなりますよ。冷たいもの飲むと、もうお腹を壊すようになっちゃって。私、30です。

___石倉:僕の勝手なイメージですけど、石田さんはめちゃくちゃ豊富にサブカルを持ってそうな気がするんですよね。白湯的な何かをいっぱい持ってそうな気がして。

石田:そんな印象を持たれることしましたか?私の参加してる作品を見た、とかじゃないですよね。

___石倉:あくまで印象ですけどね。どうですか、稽古の方は。

石田:稽古は、結構毎回、なんかドキドキします。贅沢な感じで稽古が行われてるから。

___石倉:それは時間のことですか?

石田:もちろん時間も。たっぷり、10月からやってるんですけど、この場にこの人たちがいる贅沢さみたいなのを私はすごく感じていて。この人たちと一緒にできて幸せだなあみたいな風に思ってて。皆さんすごい、うまくいえないんですけど、能動的な人が多い感覚があって、なあなあでやろうとしない。みたいな感じが私はいいなあって思いますね。人によってデフォルトが違うけど、そのデフォルトが同じくらいの人たちが集まってるのかなって勝手に思ってて。嬉しいなあって。自分に集中してればいい現場っていうか。

___石倉:なるほど。年下がめっちゃしっかりしてるって美奈さんはいってたんですけど。

石田:美奈さんもしっかりしてます。ブレない。

___石倉:年下ってことで何か思ったりすることは、あんまりないですか?

石田:もともとあんまり年齢的なものは気にしてなかったんですけど、でも確かに、深く考えたら、今回学生の子とかもいるのに、それが感覚、共通言語がある、じゃないけど、そういう状態になってるってのはすごいですよね。そういわれれば、私も上から2番目だからな。

___石倉:普段現場では、年上の方がいるってことの方が多いですか。

石田:いや、自分が上の方が多いんですけど、でもそういう数字的なものはあんまり気にしたことがなかったです。

___石倉:稽古場ではあんまり気にしてないってことですよね。今回石田さんがワークショップオーディションを受けるに至った経緯みたいなのをお伺いしたいんですけど、ご出身はどちらですか?

石田:神奈川県の、茅ヶ崎市です。

___石倉:今もそちらに住んでいるんですか?

石田:今は、一人暮らしです。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

笑いのハードルは低いんですけど、笑顔作るのってなんか、難しい。

___石倉:いつから演劇やりたい、ってなったんですか?

石田:もともと大学が、桜美林の演劇学科なんですけど、在学中はあんまりそこまで演劇をやりたいって気持ちがなくて、卒業してからすごいやりたいと思うようになって、バストリオ、っていう団体にご縁があって、そこからですね。なんかもう、手当たり次第じゃないけど、ダンスの舞台も出たりとかしましたし、でも、スペースノットブランクのワークショップオーディションが、久しぶりに受けたオーディションでした。(写真に気づいて)あ、フィルムなんですか。え、フィルムにこだわる理由とかあるんですか。

___石倉:フィルムってやっぱり味がいいですよね。でも最近はデジタルが進む時代が始まったなって思って、どんどん追いついちゃうかなって、そしたらもうフィルムには戻れなくなるから、フィルムだな、って思って。

石田:デジイチだと思ってました、さっきまで。私も大学でやってたんです。私はモノクロなんですけど、なんか暗室使って、すっぱい酢酸カーミンにまみれながらやってました。

___石倉:大学とかはちゃんと設備があるからいいですよね。

石田:普段は何撮るんですか?

___石倉:人ですね。人を撮るのが好きです。

石田:私、学生の時、なんか人撮れなかったんですよ。

___石倉:それは、生理的に?

石田:はい。なんか木とか、動かないものをよく撮ってました。それで頑張って自分撮ってみたりとか、しましたけど、なんか人って撮るの難しくないですか?

___石倉:僕は、動かない物の方が難しく感じます。

石田:人ってもう、どう撮っていいかわかんなくなっちゃう。だからパーツとか、手とかだけ、なら撮れる。

___石倉:なんか人は楽しいんですよね、あ!今だったのに!みたいな瞬間とか。

石田:ありますよね、そういうの。

___石倉:僕の話になっちゃうんですけど、グラビアアイドルとかが自信満々で胸広げてるの好きじゃないんですよ。なんかレンズ向けられて固まっちゃった身体とか、顔とかが好きで、ちゃんとこわばる感じとか。

石田:私苦手なんですよ撮られるの。オーディション用の写真とか撮る時も、めっちゃ笑ってー!っていわれます。

___石倉:じゃあ結構物静かというか、あんまり笑わないんですか。

石田:いや、そんなことないですよ。笑いのハードルは低いんですけど、笑顔作るのってなんか、難しい。写真で、にー、って笑うの、よくわかんないですけど。

___石倉:確かに。わかりますもんね、そういうの見てると。

石田:だから何もしてないとこを無駄に写真撮るの好きなんですよね。怒られますけど。

___石倉:桜美林を卒業してから演劇を始めたんですよね。

石田:そうですね。在学中はフォトアートの授業取ったり。写真の方がまじめでした。

___石倉:どうして桜美林に入ろうと思ったんですか。

石田:私、浪人したんですけど。親が早稲田で。やっぱ親的には早稲田に入って欲しかった。そういう目的で浪人してたんですけど。浪人中にたまたま、年齢が一緒だけど先に桜美林に入学してた、塾が一緒の男友達がいて、その人が桜美林入ったんだっていって、昔からそういうのに興味はあったけど、親がずっとダメって、オーディションとか応募したいなっていっても、ダメって感じだったから、じゃあ大学ならいいのかなって、そこを滑り止めで受けたんですよ。そしたらそこしか受からなくて、それで、桜美林行きました。


「緑のカラー」稽古場近くの緑道にて。 撮影:石倉来輝

なんかにこってするのが、欧米では、私はあなたの敵じゃないですよ、ってサインらしくて、そういうの知ってから楽しくて。

___石倉:じゃあ高校の頃にもオーディション受けようみたいなのはあったんですか?

石田:高校の頃は全然思わなくて、チアリーダーとかやってたんですけど。小学校の時とかですね。すごいやりたいなって思ってたのは。別に周りにそういうことやってる子がいたわけでもなかったんですけど。

___石倉:何をやっている小学生だったんですか?

石田:修行ごっこ。とか。神社に行って、境内とかあるじゃないですか、境内からここまで飛び移れたら、修行は成功した、みたいな。友達とやりました。

___石倉:それを考えたのは石田さんなんですか?

石田:いや、みんなで考えて、みんなでやりました。結構わんぱくな小学生でした。

___石倉:僕の時はお母さんごっことかやってました。わけわかんないですよね。その後、中学とか入って、どんな感じでしたか?

石田:中学はひたすら陸上でした。陸上部部長でした。

___石倉:僕も陸上やってました。

石田:中長距離ですか?

___石倉:はい。

石田:やっぱり。

___石倉:え、なんでわかるんですか。

石田:体格見て。

___石倉:すごい、800やってました。遅かったですけど、ポンコツでしたけど。種目何やってたんですか。

石田:私短距離で、100とかハードルとか幅跳びとかやってました。弱小だったんで色々させられるんですよ。

___石倉:僕もやらされてました。中長距離ってなんなんですかね。

石田:でも、高校では陸上はやらずに、華やかな部活に入りました、チアリーダー。初めてそこで、女子ってこわいんだなってイメージ、印象。先輩後輩とか。中学の陸上部は弱小だったから、みんな仲良しって感じだったけど、女子ってこわいんだなって。

___石倉:運動好きだったんですか。

石田:好きでした。だから結構踊るのも好きだったし、もう全然ダイエットがうまくいかなくて、高校生の時、すごい大変でした。リフトで私があげられる側なのに、あげる側が辛そうにしてて、あ、ごめん、みたいな。

___石倉:その頃は、将来どうなりたいというようなビジョンはありましたか?

石田:JICA(国際協力機構)、みたいなところに入りたいなって思ってて、国際的な仕事をしたいってすごい思ってて。国際交流委員会っていう委員会にも入ってて、海外の人に興味を抱いている時でしたね。自分と全然違う人が、簡単にいうと白人とか、いるだけですごい興味そそられちゃうんですよね。白人の人って、目合わせるとにこってしてくれるじゃないですか、だからわざと目合わせたりして遊んだりしてるんですよ。なんかにこってするのが、欧米では、私はあなたの敵じゃないですよ、ってサインらしくて、そういうの知ってから楽しくて。JICA、行こうと思ってて、だからそれなりの大学と、TOEICスキルと、あとフランス語ができることっていうルールが色々あって、でも全然勉強とかできなかったから、このスキルじゃ無理だってなって、挫折しました。結構それまでは、大学4年の最初ぐらいまでは頑張ってたんですけど、無理でしたね。


「緑のカラー」稽古場近くの緑道にて。 撮影:石倉来輝

なんか、攻めたい。

___石倉:大学入ってからもJICAへ行こうと思ってたんですか。

石田:普通に就職しようと思ってました。演劇やってたけど普通に就職するんだろうって思ってて、大学4年生の時に何かきっかけがあって、ふつふつと、演劇やりたいなって。あんまり授業もちゃんと出てないような人だったんですけど、演劇出演したりとかして、そこからもうトントントンて。親にも、卒業してからもやりたいです、ってゆって。オーディションには落ちまくるけどやっと拾ってくれたバストリオ、でやって。

___石倉:親御さんの反対とかは、なかったんですか?

石田:ありましたよ。最初は就職して、って思ってたから、奨学金も借りてたし、だけどちょいちょいやるようになって、あ、この子は本当にやるんだな、って思ってくれたみたいで。30歳までってなってたんですけど、私もう30歳なので、だけど今後もやってくっていうのがわかったみたいで、はい、わかりました、がんばってください。みたいな。

___石倉:見に来たりとか、するんですか。

石田:毎回見に来てくれます。でも、全然わかんなかった、とか、よかったよ、とか。全然わかんなかった、が大半ですね。

___石倉:石田さん自身のやりたいこととは別に、俳優としてはどう思いますか?親御さんに対して。

石田:わかろうとしてなくていいんだよ、って、感じたままでいいんだよ、って。両親はもう70代に近いので、鈴木忠志と同期だから、白石加代子さんとかを、小劇場で見てるぐらいの人だから。最近は、わかんない、っていわれなくなったので、よかったけど。

___石倉:わかって欲しい、とかも思わないですか。

石田:思わないですね。思わないし、なんだろう、みんな日本人だけど感覚が違うから、人それぞれだし、どんなにいわれても大丈夫。そうなんだ、みたいな。普通の起承転結みたいなのを求めてる人にとっては、へ?みたいな舞台に出ることが多いから。私やりたくないことやるとダメなんですよね、すぐ身体にきちゃうんで。

___石倉:石田さんの指針みたいなのがある程度見えてきて、それが起承転結っていうか、メジャーなエンターテインメントと違う道にあるっていう中で、ここまで続けてくることの戦いって結構あったんじゃないですか。

石田:間違えて色んなオーディション受けたりしちゃったこともありましたけど。なんで、そういうの好きじゃないんですかね。私は、そこにいること、をしたいんだなって思います。それを今すごい頑張って習得中というか、勉強中というか、なんか難しいんですけど。

___石倉:難しいですよね。今回、スペースノットブランクの初めてのワークショップオーディション。石田さん的にも久しぶり。応募しようと思ったきっかけってあるんですか。

石田:中澤さんがインスタであげてる写真が好きだっていう、そういう感じなんですよね。でも1次のワークショップ受けて、全然ダメダメだったんで、踊りとか全然わかんないし。2人組で本読みもしたじゃないですか。ペアも作れないぐらいポンコツなんで。

___石倉:おもしろかったですけどね。覚えてます。で、今稽古してみて、改めて思うことありますか。

石田:改めて思うこと。え、ない。すみません。

___石倉:自分的にどうありたい、みたいなこととか。

石田:自分のスタンスとしてはあんまりずっと変わってなくて、稽古の話なんですけど、もちろんそこに繋がるものはあるんですけど、なんか、攻めたい。ていうか。なにゆってんだろ。これ、録音されてる。

___石倉:攻めたい。いいワードだと思います。

石田:ゼロポジションでいれるようがんばります。


「緑のカラー」稽古場近くの緑道にて。 撮影:石倉来輝

___
第28回下北沢演劇祭参加作品
下北ウェーブ2018選出
緑のカラー
2018年2月8日(木)〜2月11日(日)
於 小劇場楽園

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出演者インタビュー掲載中
古賀友樹
佐々木美奈
鈴木望生
黒木龍世
荒木知佳

インタビュー:石倉来輝
編集:中澤陽

黒木龍世|緑のカラー・出演者インタビュー

2017年9月に行われたスペースノットブランクの初めてのワークショップオーディションに参加し、今回初めて出演することになった黒木龍世。これまで事務所に所属しながら舞台や映像など幅広い仕事を俳優として行い、30歳手前で事務所を辞めて小劇場の舞台へと進出した理由やこれまでと全く違う現在の制作の場に参加する私感を聞いた。インタビューは石倉来輝との対談形式により、2018年、年明け早々の「緑のカラー」稽古場にて行われた。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

黒木龍世 くろき・りゅうせい
1988年6月7日生まれ。俳優。俳優として、テレビドラマ・TBSテレビ「毒島ゆり子のせきらら日記」「逃げるは恥だが役に立つ」、CM・KEIRIN -競輪-「人生を回せ」などの作品に参加している。

インド行くよりネパール。おすすめです。

___石倉:黒木さん。どうですか稽古。

黒木:稽古。楽しいです。すごく。なんかいままで映像とかドラマの方が自由だと思ってたんですよ。なんでかっていうと、ちゃんと後処理をしてくれるっていうか、舞台とかだと作ってる時も色んな制限の中でやらなきゃいけないので。でも今回はすごくそれを取っ払って、まず自分自身でいていいよ、っていうのをちゃんと明確に、色んな方向からケアしてくれて。すごく楽しいです。

___石倉:ちょっと簡単にですけど、自己紹介的なことできますか?

黒木:できます。大中小とありますけど。大が長いやつ。小が一番短いやつです。

___石倉:じゃあ大で。

黒木:おはようございます。黒木龍世です。ネパールです。特技はネパール語です。ネパールってびっくりしてますよね。

___石倉:しないです。

黒木:あ、しないですか。え、ネパール人に友達いますか。

___石倉:続けてください。

黒木:あの、ネパール語話せる理由はですね、大学通ってた時に交換留学でネパールに行ってたことがありまして、そん時1週間だけだったんですけど、ネパール語覚えて帰って来て、細かいところはフェイスブック上で、英語で例えば、ナマステがこんにちは、おはよう、こんばんは、さようなら。4つ意味もってるよ、とか。それを英語で教えてもらって、今こっち帰ってきてもネパール語話せるようになってきたんですけど、そう、であと、他に僕を象徴するってことは、話すと長くなるんですけど、話した方がいいですよねやっぱり。

___石倉:全然話してください。

黒木:横浜出身で、横浜育ちなんですけど、今も横浜に住んでまして。

___石倉:横浜、多いですよね。

黒木:ネパール人ですか。

___石倉:そうです。多くないですか、横浜の方。川崎の方とか。

黒木:多いですね。

___石倉:ネパールの魅力ってなんですか?

黒木:日本にいてネパールに触れることってあんまりなくないですか?現地に行かないと僕が感じたものは触れられない。人が優しいのと、みんながいきいきしてるっていうのもそうですし、チベット側とか、原住民の方に行くと、差があったりして、すごくおもしろいです。インド行くよりネパール。おすすめです。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

テレビの中とか、街中のパフォーマンスしてるピエロとか、マジックやってる人とか、あの人たちの動きを見てるこっちがすごい楽しくなっちゃう、っていうのがおもしろくて。

___石倉:横浜で生まれて、その後について聞かせてください。

黒木:普通に地元で小学校行って、その後中学高校は、私立のところに行きました。男子校に行きました。がっつり。すごい厳しい。前髪が眉毛にかかっちゃダメみたいな。そのあとは、理系みたいな。理系みたいな大学に行きました。生物関係とか、生態環境とか、貧困率とか、そういうのでネパールには行ったんですけど。その大学の頃に、芸能活動を始めて。

___石倉:キッカケはあるんですか?

黒木:もともと小学生の時から、芸能界というか、テレビの中とか、街中のパフォーマンスしてるピエロとか、マジックやってる人とか、あの人たちの動きを見てるこっちがすごい楽しくなっちゃう、っていうのがおもしろくて。小学生の時はやりたかったんですけど、親にいったら、絶対ダメだ、っていわれて。小学生の時、演劇部みたいなの入ったんですけど、それが中学受験前だったので全然参加できなくて、だから燃焼できてない、消化不良。で、中学高校と行ったんですけど、男子校行っちゃったので、文化祭とか全くないんですよ、お芝居するとか。だから中学高校の時もできなくて、大学行ったらやろうと思って。いわゆる芸能やりたいって思ったら、デビュー、オーディション、とかいう雑誌、を見て。手当たり次第に送って、最初に帰ってきたところが、前まで8年間いた事務所に一番最初に合格いただいて、そこ製作の映画に出て、デビューって感じだったんですけど、でそのあと、舞台とか、CMとか細々やって、って感じなんですよ。

___石倉:中学の時は何やってたんですか?

黒木:サッカーやってました。がっつり。高校まで。

___石倉:ポジションはどこですか?

黒木:サイドバックです。懐かしい。今もたまにやるんですけど、ほとんどやらなくなっちゃいました。

___石倉:その頃の黒木さんは、今から見るとどうですか。

黒木:破天荒でしたね。本当にルールが厳しい学校だったので、どうにかしてルールを破ろうっていう感覚がすごく強くて、結構周りも固まっちゃって、私立の男子校中高一貫ってなると、勉強するグループと、ふざけるグループと、その中間みたいなのがいるんですけど。最初は中間だったんですけど、高校ではふざけるグループといったりきたりみたいな。

___石倉:勉強するグループには1ミリもならなかったんですね。

黒木:ならなかったです。でも算数だけは、あ、数学だけは、すごく好きでやってたので、そこだけは勉強できるグループのクラス分けには入ってたんですけど、あとは全くです。それが格好いいみたいな、よくある思春期の至り、みたいな、その当時は自分が最先端、みたいな。いやしょうもないですね、ほんとに。

___石倉:若者感めちゃくちゃありますね。その後、高校卒業して、大学入って、演劇やろうって。その大学を演劇学校にするっていう選択肢ありますけど、それは選ばなかったんですか。

黒木:選ばなかったですね。結局自分で選ばなかったんだと思うんです。両親が両方公務員なんですよ。だからお前も公務員なんなさいっていわれてて、日芸とか桜美林とか行きたかったんですけど。野田さん(野田秀樹)がすごく好きだったんですよ。高校生の時に映像で野田さんの作品見て、すごく好きで、だから多摩美もすごく行きたかったんですけど、そういうご縁も無く、普通の大学に進んで、そこで自分で、って。遠回りだったんですけど、それがいい経験だったな、って。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

ただそれが正直、おもしろいのか、食えるのか、楽しいのか、ウケるのか、まったくわかんないです。だから、楽しいんです。

___石倉:そこから主に、映像とか、メディアの活動するようになったんですか。

黒木:そうなんです。本当にもうやりたかったので。僕は20歳過ぎてからスタートだったので、お芝居をやるっていうのは。

___石倉:その憧れのブラウン管の向こうに、初めて参加した時ってどうだったんですか。

黒木:実際は、そうでもなかったです。有名な人がいて、うわあ、ってのはありましたけど、やっぱりメディアに見せてる顔と、素顔は違うから、幻滅してしまうこともありました。

___石倉:黒木さんが憧れていた世界と、実際の世界の差っていうのは、大きかったんですね。

黒木:大きかった、です。

___石倉:それでも辞めようとは思わなかったんですか?

黒木:思わなかったです。むしろ、自分がそういうところに飛び込めることが自信になりました。なんかいままでふわふわしてたのが、なんかより固まってきて、ここでこういうことやるんだってことがわかって、そっからそれがどんどんわかってくに連れて、わくわくしてたんですけど、最初はすごいいやだなあって感じがすごくありました。

___石倉:その後、結果的に事務所を辞めて、ここ最近はどうですか?

黒木:事務所を辞めて、最近はむしろチャンスが拡がってます。いままで触れてないところ触れてきたりとか。映画美学校ってところに、2011年か2012年に入らせていただいて、様々な方と接しさせていただいたんですけど、最初俳優やろうと思った時に、デビュー、オーディション、ともうひとつ、演劇ぶっく。あれに野田さんが出てて、毎月特集があって、その僕の買った時のが、はじめの一歩、っていう。俳優になるときのはじめの一歩はどうですか、っていう。ちょうど僕がはじめの一歩、始めようとしてた時で。

___石倉:今になって、視野が拡がって、改めて見る自分の現在地から、どうなっていきたい。とかありますか?

黒木:身体のどこ使って動けるか、みたいな。正直僕、三月の5日間、とか、映像で見た時、すごい、つまんないなって思ったんですよ。三谷幸喜みたいな、いわゆるエンタメ、みたいなのががっつり好きだったんですよ。でも今になって色々、見方が変わって、それもおもしろいですよね。事務所辞めたからだと思います。だとしても自分ができるかどうかは、まだわからないです。でもできると思っているので、やりたいです。ただそれが正直、おもしろいのか、食えるのか、楽しいのか、ウケるのか、まったくわかんないです。だから、楽しいんです。

___石倉:わからないことが、楽しい。いいですね。

黒木:むしろそこにチャンスがあるんじゃないかな、と思ってます。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

すごく変で、すごくおもしろいです。

___石倉:現在にちょっとずつ近づいていますけど、今回スペースノットブランクのワークショップオーディションに応募するキッカケみたいなのは、なんだったんですか?

黒木:最初、直感的には、文章が綺麗だったんですよ。ホームページ見たら、枠組みがすごいしっかりしてて、参考映像みたいなのもあって、おもしろいな、って思ったんです。それこそよくわかんなかったんです。だけど、なんかおもしろい。この役者さん気になる、とか。結構調べたんですけど、いままではこうだったのか、みたいな。すごく時間を使えた。自分の人生投資できる。と思って、参加したら、ワークショップもおもしろくて。

___石倉:実際に集まってみて、一緒にクリエイションしてどうですか。

黒木:気負いがしない。個々を見ていくと、負ってるものがない。人生に対しては負ってるんですけど、作品に対してなんか、こうしてやろう、とか、変な責任がなくて、すごいラフというか、僕はどっちかっていうと背負いがちなんですけど、勝手に。その際がすごいおもしろくて。

___石倉:今おいくつでしたっけ?

黒木:29です。

___石倉:じゃあ上から3番目ですね。年下が半分。どうですか。

黒木:羨ましいです。石倉さんもそうですけど、20代前半でこういう現場に参加できて、楽しんでるなってすごく思います。今回、僕、一番特徴的なのは、演出の方が年下、っていうの初めてなんですよ。全く未知なんですね。見方が全く違うから。やってることが違うから。すごく楽しくて。だから、絶対変なんですよ。すごく変で、すごくおもしろいです。

___石倉:黒木さんの、一貫して大事にしてることとかってありますか?

黒木:ユーモアです。ユーモアあれば、戦争もないと思いますし、一番重要なのはユーモアだと思ってます。

___石倉:話していてもポジティブな言葉が印象に残りますよね。今後の展望とか聞いてみたいんですけど。

黒木:ハリウッド進出。したいですね。本当に。そっちのフィールドに行ってみたいです。

___石倉:手始めに、というか、一番近くの未来に2月の公演がありますけど、どういう風に取り組んでいきたいとか、どういう風にこの時間過ごしていきたいですか?

黒木:事務所辞めて、というか。一番最初に、デビュー、オーディション、演劇ぶっく、を手に取った時から思ってることがあって、俳優って世界で一番素敵な職業だと思うんですよ。今回自分自身が創作をしていてすごく感じるんです。贅沢な時間を、もっともっと、味わいたいです。もっとゆっくり。濃密に過ごしたいなと思ってます。でも、楽しむから、早いんですけどね。もっともっと発展できるかな。時間を大事に、使いたいです。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

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第28回下北沢演劇祭参加作品
下北ウェーブ2018選出
緑のカラー
2018年2月8日(木)〜2月11日(日)
於 小劇場楽園

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出演者インタビュー掲載中
古賀友樹
佐々木美奈
鈴木望生
石田ミヲ
荒木知佳

インタビュー:石倉来輝
編集:中澤陽

鈴木望生|緑のカラー・出演者インタビュー

2017年9月に行われたスペースノットブランクの初めてのワークショップオーディションに参加し、今回初めて出演することになった鈴木望生。現在大学3年生の彼女が、なぜ演劇の道へと進んだのか、自己の内面と外面を模索してもらいながら話を聞いた。インタビューは石倉来輝との対談形式により、2018年、年明け早々の「緑のカラー」稽古場にて行われた。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

鈴木望生 すずき・のぞみ
1997年2月20日生まれ。俳優。多摩美術大学美術部演劇舞踊デザイン学科在学。俳優として、ヨネスク「わっぱら@ジーバの庭」「奥の森の方」などの作品に参加している。

大学入って、色々やってきて、段階を踏んでる感じがしてて。すごい、新しいものにまた出会って、みたいな。ハッピー、みたいな感じです。

___石倉:今、稽古どうですか。

鈴木:今、お休み入っちゃってて、休みって感じですけど、台本開いたり開かなかったりって感じですけど、昨年の10月、私は参加できてなかったんですけど、別の舞台があったんで。終わった後からは結構コンスタントにやってたので、やっと2週間3週間、時間を置いて、距離を取ってるみたいな感じです。

___石倉:距離取って見えてきた、腑に落ちたりとか疑問に思ったりとか、今回の制作についてありますか?

鈴木:いわれたことを、ノートに取ったりしてるんですけど、家帰ってからそれ見直して、台本とか見たりすると、その時はゆってることよくわかんなかったけど、その言葉を繋ぎ合わせてみると、なるほどな、って思うこととか、やっとゆってることが理解できるようになってきたんです。最近。

___石倉:ノートにはどんなこと書いてるんですか。

鈴木:もっとなんか好きなようにやってください、とかよくいわれるし、私が結構、固定概念が強いというか、そうなんだと思うんですけど好きにやっていいとか、選択を自分でしてくださいとか、そういうこととかがよくノートに。もう単語単語なんですけど、にあって、最初ほんとゆってる意味がわかんなくて、えー、って感じだったんですけど、最近やっと。すごい飛びますけど、なんか海外に行った時に英語勉強してるけど行ってみたら全然わかんなかったりするのと、1週間行って帰ってきたらちょっと英語聞けるようになってたみたいな感じで、やっと言葉が馴染んできて。ちょっとだけ、ちょっとだけわかるようになったかなって気がしてる。やっとはてなが少なくなってきた気がする。稽古場でそういう意味で止まっちゃうことがちょっとなくなったかなって気がしてます。

___石倉:スペースノットブランクが初めてワークショップオーディションをやって、鈴木さんはそこからの参加ですけど、どうですか。

鈴木:私、これが初めて受かったオーディションなんです。だったのもあるし、私は大学に入ってから演劇を始めたんですけどちゃんとそれまではすごいそれこそ商業演劇じゃないけど、そういうのばっか見てたからこういう演劇があることも大学に入るまで知らなくて。大学に入って、大学の先輩とかから見聞きしたり、一緒にやらせてもらったりってので、ちょっとずつそういうものがあるってことを知って、授業でもやって、おもしろいと思って、私的にはだいぶ、そういうものを理解というと気持ち悪いんですけど、してきたつもりだったんですけど。より、自分を、個人個人が求められるというか、自分が表現することを求められる場に身を置かせてもらってるなって感覚があって。そういう意味ではすごい、大学入って、色々やってきて、段階を踏んでる感じがしてて。すごい、新しいものにまた出会って、みたいな。ハッピー、みたいな感じです。

___石倉:鈴木さん出身はどこなんですか?

鈴木:横浜です。

___石倉:横浜。今もそっちに住んでる?

鈴木:はい。実家なので。

___石倉:横浜で、高校の時は別に演劇とかやらず?

鈴木:なんか結構めんどくさいんですけど、幼稚園の頃から英会話に通ってて、その英会話スクールのテーマっていうのが、ドラマを通して英語を学ぼう。っていうので、だからずっとそういう、喋る、みたいな。ちょっと台本があって、やる、っていうのが、すごい昔からやってて、英会話じゃなく、どっちかっていうとそっちが好きになってしまって。

___石倉:それは英語でやるんですか。シェイクスピアとか?

鈴木:やんないやんない。そんなのやんないですけど。普通に子供が楽しい、不思議の国のアリスとか、シンデレラとか、ピノキオとか、そういうわかり易いやつ。青い鳥とか、あとアラビアンナイトとか、をやってて、それがすごい楽しくて、中高でも、演劇部は結構こわい感じの演劇部で。

___石倉:結構バリバリ。

鈴木:バリバリな感じで、で女子校だったのもあって上下関係も厳しくて、そこは無理だなって思ったんで、ESS(English Speaking Society)っていう英語で演劇をする部活に入って。お遊びでずっとやってて、興味はあったけどちゃんとはやってなくて。

___石倉:でそこから、高校卒業して多摩美術大学(演劇舞踊デザイン学科)に入ったって感じですか。なんで多摩美にしようとかってあったんですか。

鈴木:私が中3くらいで進路を出さなきゃって時に、その当時はまだ日芸(日本大学芸術学部)しかなかったんです。大学で演劇をやるってことは結構前から決めてたから、ずっと日芸に行こうと思ってたんですけど。おもしろいことがしたかったから、演劇やるか、心理学やるか、って思ってて。やっぱり演劇を実際にやりたいなって思って、で途中で多摩美(演劇舞踊デザイン学科は2014年4月に開設)が出てきて、私が受験する時に1期生がいる感じだったんですね。いままで知識もないけど、でも、野田秀樹がいる、と思って。おもしろいかも、と思って。新しいことができそうだな、と思って。新しい、ってかできたばっかの学科だったから自由もありそうだし、おもしろいことになりそうだな、って思って。受験者数も少ないじゃないかな、って思って。受けて、受かったので、多摩美にしよう、って。だからずっと日芸志望だったんですけど、高3で多摩美に変えました。

___石倉:そうなんですね。それまでの英語でやってる演劇のイメージと、多摩美に入ってからの演劇のイメージって、変わりましたか。

鈴木:狭かったな、って思います。単純に私のイメージしてた、演劇が。それこそちっちゃな世界で、学校の中、っていう世界で発表するってなると、そこに向けた作品を作るじゃないですか。演劇部は別にいるし。どうやって人を呼ぶかみたいなの考えた時に、やっぱり楽しいものをやる、みたいになって、ディズニーやったりとかしてて、みたいな感じだったから、そういうすごいみんなが知ってるものをずっとやり続けてたので、新しいものを作り出すっていうことをやったのが大学からで、こんな幅広いというか、おもしろいんだと思って。だから羽衣(FUKAIPRODUCE羽衣)を見た時もすごい衝撃的で。野田秀樹見た時も衝撃的だったんですけど、でも野田秀樹さんの作品は結構大きいというか、まあまあ有名じゃないですか。でも羽衣とかを見た時、すごいゾクゾクするというか、こういうことを人の前でやっていいんだ、と思って。そういう意味ですごいおもしろくて。大学入って、ショックも大きかったんですよ。おしっこ、っていうんだ、歌の中で、みたいなショックとか結構大きくて。女子校出身だってのもあるんですけど、でもそれが途中からおもしろい、と思えるようになってきて、からはすごいおもしろいな、って。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

2017年の目標が、オーディションに受かることだったんですよ。

___石倉:まだ大学生ですもんね、あと1年?

鈴木:そうです。あと1年。今、大学3年。4月から4年なので。

___石倉:いままで外部の公演に出演されたりとかはしてたんですか?

鈴木:大学の先輩とはやってました。それは、学校外、に入るんですかね。

___石倉:じゃあそういうのとは関係なく、外部の公演に出演するっていうのは今回が初めて?

鈴木:1回だけあるんですけど、そこは小屋を持っていて、毎週演劇をやってるみたいなところで、小屋のファン、箱推しみたいなのがいる、みたいな感じで、台本とかも何本かあって、時々新作が入るって感じで、そこで1回だけ出たんですけど。新しいことしたいっていうか、新作が作りたいというか、新しいことしたい欲がすごいあって。

___石倉:今回のワークショップオーディション受けようと思ったきっかけみたいなのとかって何かありますか?

鈴木:きっかけとしては、元々、古賀さん(古賀友樹)が出てて、古賀さんは大学の先輩で、なんか私が1年生の頃、授業とかにも参加してくださっていて、すごい古賀さんは素敵な役者さんだっていうイメージがすごいあって、魅力的だと思ってて、で古賀さんのツイッターをフォローしてて、古賀さんがスペースノットブランクに出てるって情報は知ってて、見に行きたいと思ってたけど行けてなくて、で古賀さんがワークショップオーディションやります、みたいな情報回してくれてて、で、写真がおもしろかったんですよ。古賀さんの写ってる写真が、なんかフラフープみたいなつけてて。


2017年「ラブ・ダイアローグ・ナウ」 撮影:石倉来輝

___石倉:せんがわでやった時のやつ。

鈴木:そうですそうです。が、おもしろいと思って、で、なんかおもしろいと思ったものだったらやりたいなと思って、古賀さん出てるし、みたいな。で、オーディションを受けよう期間みたいなのが私の中で時々発生するんですね。深夜に5本ぐらい一気に送ったりとか。今だ!みたいな時があって、スイッチが入るとすぐ送るんですけど、そのスイッチが入ったのがたまたま、スペースノットブランクの募集してる時期で、バーッて色んなの送った中の1本だったと思います。そう、2017年の目標が、オーディションに受かることだったんですよ。だから、そう。嬉しかったです。すごく。

___石倉:ワークショップオーディション。2日間ありましたけど、その時の感触はどうでしたか?

鈴木:1回目、台本読む、踊る。みたいなのはすごい正直やり易くて、なんだろ、すごい楽というか、ある意味与えられてるから、結構レールがちゃんとしてるというか、飾り付けするだけ、みたいな感じがしたんですけど自分的に、だから、あー楽しかった、みたいな、でもすごい魅力的な人がいっぱいいたから、イェーイ落ちた落ちた、と思って帰って、お母さんにも落ちたよー、ってゆって、そしたら連絡いただいて、で次行った時は、もうパッパラパーです。


スペースノットブランク・ワークショップオーディションにて。 撮影:石倉来輝

___石倉:2回目はどんなことしたんですか。

鈴木:なんか、単語、もらって、そっから創作するみたいな。

___石倉:どういう単語だったんですか。

鈴木:サウンドプルーフ。すごい覚えてる。ウォータープルーフが防水じゃないですか。サウンドプルーフは、防音みたいな。なんぞやみたいな。感じで、作ったと思います。あと、サラウンドだ。人を自分を捕まえて、パフォーマンスする、みたいな。で最後みんなつなげて、みたいな感じだったと。

___石倉:どうでしたか。

鈴木:正直いうと、なんかそういうのすごい苦手で。なんか新しい表現をしたい願望はすごいあるんですけど、そういうの苦手というか、難しく考えすぎちゃうというか、自分のやってることがつまらないっていう謎の意識があって、自信が出ないみたいなのもすごくあって。それもすごくいけないと思うんですけど。だからなんか、ネタがあるのに出せないとか、おもしろくないんじゃないかって引っ込めちゃったりとかして。みんなおもしろくて、今回一緒の、石田ミヲさんなんて、超おもしろくて、ハンガーをくっつけて、ぐるぐる回して、サラウンド、っていうんですけど、めちゃめちゃおもしろいなって思って笑い転げてたんです。これも落ちた落ちたと思って。でも、そういうことができる場所があるのが素敵だなと思って。単純に与えられて終わりじゃなくて、渡されて、作る場、見てくれる場があるって素敵だな、って。そういう意味で、すごくオーディション受けてより魅力的だなって思った。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

いいストレス感というか、いいプレッシャーと、いい緊張感の中でやってるって感じです。

___石倉:今、創作が2月の本番に向けて進んでますけど、どうですか。稽古はどんなことしたりするんですか?

鈴木:最初は聞き取りみたいな感じで、喋って、それを書いてくれて、私その1ヶ月間行けてないんですけど、別の本番があったので。多分1ヶ月、皆さんそれをされてて、私は何回かいって2〜3回喋って、みたいな、それがもう現段階では台本になってる。みたいな感じで、それを貰ってて、で立ち稽古入ったかと思ったら、またその、スティング、とか、来て、また、作る。みたいなのがあって、それを使うかもしれないみたいなこといわれて、そうなんだ、と思って創作をして、それが1週間2週間ぐらいあって、たらなんか、また台本が来て、また構成が変わってる、あれ全部カットなってる、あれあれあれ、みたいな。で今度はシーン、ゼロから作ってください、みたいな。ずーっと、2週間にいっぺんぐらい違うことやってるみたいなイメージが私はすごくあって、それがなんかおもしろいというか、なんだろ、集中力が途切れないというか、新しいことやってると新鮮だし、2週間にいっぺん違う作品かなって思います。あれ作品変わった?みたいな。

___石倉:難しいですか?

鈴木:すごい、苦手なことを、苦手というか、苦手意識が強いものをやってて、でもそれが私はすごい好きなんですよ、苦手なものに向かってるのが。苦手だ〜、って思いながら、クソ、って思いながらやるのが楽しいんで。だからいいストレス感というか、いいプレッシャーと、いい緊張感の中でやってるって感じです。

___石倉:自分が苦手だと思うのは、自分を自分でいいと思えない。みたいなとこなんですか。

鈴木:ほんと、そこかなって思って。それをゆってくれるのがすごい私は嬉しくて、なんか学校とかでも、なんだかんだいいんじゃない、とかいうのが多かったりとか、明確な否定をあんまりされなくて、否定でもないんですけど、ちゃんと指摘してくれる人がいなかったので、そういう意味ではすごいなんか。これはこう考えちゃってるんじゃないですか、とか、そういうことをすごい指摘してくれて、でもそれは個人の意見だからってことをちゃんといってくれるっていうのが、見てるもの、見てて思ったことをちゃんといってくれるのが、すごい私はありがたくて、それいってくれる人あんまりいないじゃないですか。今後やっていく上でも、自分がどう見えてるかってやっぱり、頑張って自分で客観視しようと思っても、やっぱり見てる人の意見が大事というか、聞かないとやっぱりわかんないから、自分ではやっぱりそういう意味でも、客観視してくれる意見があるのはすごいありがたいなって思って、色々弱点を突いてもらっててありがたいなって。

___石倉:ちょっと方向を変えて、離れたところから聞いてみたいなと思うんですけど、なんで演劇やろうと思ったんですか。

鈴木:楽しかったんですよ。その、英語劇が。

___石倉:英語劇は、自分でやりたいってゆってたんですか。通うことになってからではなく?

鈴木:最初は通うことになってたから。でも私、何年も続けちゃうんですよ。あんまやめないタイプというか、ずるずるしてしまう、悪くいってしまえば。だから水泳とかも、結局中2くらいまでずっと、赤ちゃんの頃からずっとやってたりとか。英語に関しては、高3までずっとやってたので。多分、環境が楽しかったのはすごいあると思う。英語劇がやりたい子なんてそうそういないんですよ。そういう中でやるのがすごい楽しかったです。発言できるというか、みんなどうでもいい感じだったから、こうやりたい、ってゆって、ゆったらみんな乗ってくれる。高校の時も、発表系がしたいけど、音楽部みたいに歌が歌いたいわけでもないし、演劇部こわいし、みたいなのが集まったのが、ESSだったんです。だからそういう中で知恵出し合ってやるのも楽しくて。で、多分調子に乗っちゃったんですかね、わかんないですけど、楽しい、が大前提で、で大学に行って、勉強するなら楽しいこと、と思って。自分がやりたくないことはやりたくないな、と思って。

___石倉:水泳やってたんですか。そんな長く中2とかまで。

鈴木:親子クラスからやってたから、2歳くらいから始めて。

___石倉:僕も水泳やってましたけど、全然すぐ辞めましたもん。息継ぎが苦手で。毎日行くのが嫌でした。

鈴木:私は1週間に1回だったんですけど、行って友達と喋ったり、そのトレーナー、リーダーっていうんですけど、と喋ったりとかが楽しかったんだと思う。帰りにイチゴミルク買ってもらえるし、そういうのが楽しくて、水泳することに関してそんなに熱があったかっていわれるとそうでもなくて、学校とかも、別に勉強嫌いだったし。友達や先生と喋ったりするのが楽しいから行ってたし、ESSもみんなが楽しかったから楽しかったし、みたいな。ほんと環境です。私の場合は。

___石倉:環境を楽しいって思えるの、鈴木さんの才能かもしれないですけどね。

鈴木:環境はすごい楽しかった。それはもう周りが優しかったり楽しかったり、すごい素敵な人ばかりだったので。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

みんなが良しとする道みたいなのがあったとして、それから外れることをするっていう概念がなかったんですよね。

___石倉:なんか好きなこととかあったんですか、小さい頃。

鈴木:人と喋ることが好きでした。誰にでもついていっちゃうみたいな。外国人でも話しかけるし、怖そうな人に寄ってっちゃうみたいな感じだったみたいで。初恋の人が外国人だったんですよ、ハーフの男の子、同い年の、幼稚園で。みんな綺麗な男の子とか走るの早い子とかが好きになるんですけど、私その子がすごい好きで。

___石倉:外国の方が好きなんですか?

鈴木:別にそうでもないと思うんですけど、でも英会話スクールでは外国の方もいたんで、別に今でも恐怖心みたいなのは全然ないんですけど。いることが普通というか。人で選ばないというか。人懐っこいみたいな感じだったみたいですけど。記憶ないですけど。中高の学校の先生にも、鈴木さんはすごい良い子で、もう自分の娘だったら、って思うぐらい良い子なんですけど、本当に成績だけはどうにかならないですか、っていわれるくらい。

___石倉:そんな頭悪いんですか。

鈴木:みんな真面目だったんですよ、うちの学校、きっと。

___石倉:すごい頭良さそうな印象ありますけどね。

鈴木:そういうのをね、装うのがうまいんです。親も何回も呼び出しされてたし。でもスカートは膝下、髪の毛も一切染めないし。そういうことで怒られるのが嫌だったんです単純に。先生とも仲良いし。

___石倉:今から見て、中高の自分とかどうですか。

鈴木:これから色々あるよ、って感じです。大変だぞ、って感じですね。

___石倉:当時の自分が、今の自分見たらなんていうと思います?

鈴木:ちょっと引くんじゃないですかね。わかんないけど。その頃の私は、本当に守られた環境にずっといたので、大胆なことをするとか、道外れたっていうといい方悪いですけど、なんだろうな。みんなが良しとする道みたいなのがあったとして、それから外れることをするっていう概念がなかったんですよね。だから多分びっくりすると思います。私がやってることとかも、当時の私から見たら、意味わかんない、って多分いうと思います。

___石倉:今の鈴木さんはそこと戦ってますよね。過去の自分が歩いてきたレールと、今の獣道。こっちに跳んでいい、って思える自分と、いや待てよ、っていう自分と戦ってるんだなって思います。

鈴木:そう見えてるんだ。そうなのかな。そんな気もする。

___石倉:今、近い将来、今はこのクリエイションが近いと思いますけど。どんな風に過ごしていきたい、とかありますか。

鈴木:今年は良い意味で戦える年になりそうな気がしてて。それこそ去年からここにいさせてもらって、なんかいままでの自分の殻を破るじゃないけど、みたいなことを、ゆってもらって、自分でやりたいと思ったことと合致してて、でもそれが上手くいかない、みたいなとこがあって、それが2月になって、少しでも見えて来たらいいなと思ってて。すごい変化の年になりそうというか、そういう意味で私はすごい2月にかける情熱っていうのは、その作品を完成させてみんなでやるってこともすごく楽しみですけど、自分がどう努力して変化していけるのか。すごく楽しみで、ワクワクしてます。

___石倉:良い。良い締め。

鈴木:締まりました?

___石倉:昨日の自分が、敵、ってことですね。

鈴木:そうです。そうです。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

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第28回下北沢演劇祭参加作品
下北ウェーブ2018選出
緑のカラー
2018年2月8日(木)〜2月11日(日)
於 小劇場楽園

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出演者インタビュー掲載中
古賀友樹
佐々木美奈
黒木龍世
石田ミヲ
荒木知佳

インタビュー:石倉来輝
編集:中澤陽

佐々木美奈|緑のカラー・出演者インタビュー

2016年12月に上演された「悪魔の国」を含め、本作「緑のカラー」にて2回目の参加となる佐々木美奈。演劇を始めた大学時代からこれまでの自身の変遷と、俳優として舞台に立つことの価値、そして本作に向けた私感を聞いた。古賀友樹に引き続き、インタビューは石倉来輝との対談形式によって、2018年、年明け早々に晴天の下で行われた。


成城学園駅前最寄りの駐輪場にて。 撮影:石倉来輝

佐々木美奈 ささき・みな
1986年6月17日生まれ。俳優。〈レトル〉所属。2009年より2012年まで蜷川幸雄率いる〈さいたまネクスト・シアター〉に参加。2016年より藤田貴大率いる〈ひび〉に参加。俳優として、劇団子供鉅人「モータプール」、青☆組「人魚の夜」、かえるP「Color babar」、ひび「ひびの、ひび/3×3=6月。9月じゃなくて」、スペースノットブランク「悪魔の国」などの作品に参加している。

何が起きる。起こさせることができるのかなって思ってる。

___石倉:美奈さんて、賢いほうですか?

佐々木:賢くないほうです。賢くないほう。

___石倉:じゃあ結構バカみたいな言葉で、僕もバカなんで、難しい言葉わかんないぞってスタンスで。

佐々木:頑張ります。

___石倉:美奈さん、スペースノットブランクに出るのは初めてじゃないですよね。

佐々木:2回目。1回目が、2016年の12月。2年前。でも、前回と今回は、なんか全然違う気がしてて、前回は自分たちですごいシーンを作って、それが集まる。であとそれをちょっと直したり繋げていったりとかをやってもらって気がついたらできてたみたいな。感じで、すごい早かったんだよね。だから通しはいっぱいやった記憶がある。


2016年「悪魔の国」 撮影:三浦庸古

___石倉:今回はそうじゃないんですね。

佐々木:今回は、私もどうなってんのかもわかってないし、どうしよう、みたいな。じゃあ何をしたらいいかなあみたいな。

___石倉:感触も、全然違いますか。パフォーマーとして参加してる身体の状態とかも全然違う?

佐々木:前回はどちらかというとフィジカルな方がすごい強くて、今回は言葉の方がすごい多いから、で言葉はそんなに得意じゃなくて私自身が。逆にその言葉で何ができるんだろうなって思うこともすごいあるし、どういう物語っていうのもちょっと違うような気がしてるんだけども。何が起きる。起こさせることができるのかなって思ってる。

___石倉:上演の時にってことですか?全体を通して、みたいな?

佐々木:上演もあるし、自分が。

___石倉:パフォーマーとして関わることに何が起こってるのか、みたいな。

佐々木:そう。

___石倉:ひとりひとりがパフォーマーとしての引き出しを物色されてるような現場ってことなんですかね。

佐々木:どちらかというと、何もいわないから。じゃあやりたいようにやれるっていう現場ではあるから、じゃあ何をやりたいかな、とか。どうしていきたいかな、とか。すごく考えてはいる。


成城学園駅前最寄りの住宅街にて。 撮影:石倉来輝

高校受験でどうしようかなあって悩んだ時に、テレビで藤原竜也を見て、一目惚れして、で、あ、この人の近くに行きたい、って思って。

___石倉:普段はダンサーとして活動されてるんですか?

佐々木:ううん。ダンサーじゃなくて、役者の方がメインで、一応。一応ね。

___石倉:普段は俳優というか。

佐々木:そう。ダンスはそれこそ昔クラシックバレエやってたくらいで。2年ぐらい前、ちょっとダンスやってみようと思ってかえるPっていう団体受けて、出た時に、フィジカルが強かった。

___石倉:最初はお芝居やろうと思って始めたんですね。

佐々木:それが大学生の時。高校受験でどうしようかなあって悩んだ時に、テレビで藤原竜也を見て、一目惚れして、で、あ、この人の近くに行きたい、って思って。そのきっかけで蜷川さんの身毒丸見て。この人のとこ行けばよかったんだって思って、蜷川さんのとこ行った。みたいな。大学が蜷川さんが学長やってところに行って。それからって感じ。

___石倉:出身はどちらなんですか?

佐々木:ずっと埼玉です。埼玉から東京の高校行って、全然普通の学校。

___石倉:キッカケ的には藤原竜也を見て。それまでこう演劇部だったとかいうことはないんですか。

佐々木:ない。全然なかった。

___石倉:大学入ってからどうでしたか。初めての演劇。

佐々木:なんか、めまぐるしかった。ずっと作ったりとか、ペアなってやるとかが多かったから、毎日のように演劇漬けというか。ちょっと座学もあったけど、そういうのばっかだったから、なんかおもしろいキャンパスライフ、みたいなのはまったくなくて。結構昔から活躍というか活動してる演出家さんの作品が、結構多かったかなあ。

___石倉:口語のお芝居?

佐々木:口語はほぼあんまない。古典古典。古典ていうかね、古典ていうのかな、古典ほど古典じゃないかもね。

___石倉:でも既成のものをやるみたいな。

佐々木:そう。大学の教授が書いたものをやる、みたいな。あ、でも永井愛さんのとかもやったかな。なんかわけわかんないままやってた。出されるものに対してこう返していこう、みたいなぐらいしかなくて。プラスアルファ的なものまで考えられなくて、必死についていこうって感じだった。で、大学が2年で終わって、その後2年間はフリーで、外のオーディションとか受けたりとかしてて、その後に蜷川さんがさいたまネクスト・シアターっていうのを立ち上げるってことで、そのオーディション受けて、そこに入ったって感じ。

___石倉:今はもう、若い人で蜷川さんの言葉聞いてる人って少ないじゃないですか。実は僕も、演劇ちゃんとやろうと思ったの、蜷川さんで、身毒丸のオーディション、中学1年の時に受けたんですよ。最年少ギリギリで、まだ声変わりもしてないし、身長もめちゃめちゃ低いし、147とか。書類通って、1次の面接みたいなのも通って、いざ実技、20人ぐらい並んで、ひとりずつやっていって、で自分の番、やって、そしたら蜷川幸雄が、「君身長いくつ?」っていったんですよ。で、「147です。」っていって。「147かあ。」っていわれて。そこで落ちて。でも、唯一蜷川さんの聞いた言葉が「身長いくつ?147かあ。」って。


成城学園駅前最寄りの住宅街にて。 撮影:石倉来輝

なんか憧れの場所ではあるんだけど、自分がやれる場所とはまた違うのかなっていう感覚。

___石倉:ネクスト・シアターは、何年間とかですか?

佐々木:3年、2年ぐらいかな。何年いたんだろう。忘れちゃったな。3〜4年はいたかなあ。

___石倉:大学出た後の2年と、それからの感じってどうですかね。いざ投げ出されて。

佐々木:なんていうんだろう。どうしたらいいんだろうって思ってたかな。どうやってやっていけばいいんだろうとか。知ってるところはオーディション受けてみるけど全然当時受からなかったし、結構モヤッとどうやって演劇やっていくんだろうなあってすごい漠然と思ってたし。情報集める方法を知らなかった。雑誌とかだったかなあ、それくらいしかなかったから。蜷川さんのはすごく、大々的にやってたのもあったから、もうこれしかない。って思ったのはあったかな。そこに行くって決めたら、絶対行くっていうのは、あるかもしれない。

___石倉:芯が強い。芯の強さ。やらしく出てくるわけじゃなくて、潜在的な芯の強さありますよね。いよいよネクスト・シアター。それは1期生ですか?

佐々木:1期。3期生ぐらいの時に辞めたから、それでも何本か出してもらって。でも途中で、なんかここにいてもダメだって思ったんだよね。私はここにいても。もちろん今考えればプラスになったこといっぱいあるけど、自分にとっては、なんか挫折した。もうダメだな、って。私はここじゃダメだな、って。

___石倉:何がそうさせたんですか?僕はすごい厳しいっていうイメージはあるけど。

佐々木:厳しいってのもあるし、なんか集団っていうのが苦手なんだなっていうのもあって。変に自信もあった部分もあったから、そこで折られたから。初めての人もいるし、色々やってきた人もいるから、役を取れる取れないっていうのもでかくて。最初に本があったとして、そしたらイメージとかで名前が掛けられていくの、この役誰々っていうのがあって。それは例えばエチュードの発表の成果とか、あとは役の雰囲気とかもあって、でもそれがめまぐるしくかわるの毎日。作品によってはやっぱ女子が少ないのもあったりするから、もう熾烈じゃん。私は全然取りにいけなくて、もうダメだって思ったね。ここにいてもしょうがないって思ったから、辞めます、ってゆった。すごいそれからどうしようかなあって思って、結構そういう時はっきりしてて、辞めるけど、じゃあどこに行こうかなってなった時に、じゃあ蜷川さんが嫌いだっていってる、平田オリザのところに行こうって思って。そこは、なんだろう、悔しかったから。じゃあ平田オリザ系行こう、みたいな。オリザさん何も知らないで。オリザさんに行ったわけじゃないんだけど、それが青☆組っていう、オーディション受けたら受かったの。外でも頑張ろうって思ってて、真逆行くしかないと思った。なんか衝撃的だった、ワークショップオーディションだったけど、あ、こういう感じなのかみたいな。言葉わかんないけど、ナチュラルっていわれるものだったと思うけど、これでいいのかな、みたいな、それもわからないから。それでも小夏さん(吉田小夏)がいいっていってくれたから。

___石倉:それが、いつ頃ですか?

佐々木:2014年だったと思う。人魚の夜、っていうアゴラで、でその後もちょっと呼んでくれて、出る機会があって、それからなんか小劇場系っていわれるものを受けるようになって、アマヤドリとか、谷さん(谷賢一)とか、そういうところにちょっと行くようになった、かな。第2章かな。

___石倉:最初に見てたポイントとは違う世界に到達した。相当大きかったですよね。

佐々木:どうやっていいかわかんなかった、稽古も。

___石倉:何を要求されるんですか?

佐々木:小夏さんはね、音の高さとか、別に何秒とかは全然いわないけど、すごく細かくいわれてたのかなあ、そんなにいわれた記憶はないんだけど。なんか蜷川さんの時にすごい大事なこといっぱいあったけど、自分が実際台詞を喋ってやるってことがほとんどなかったから、アンサンブルでいることがすごい多かったから、アンサンブルでも身体は見せていかなきゃいけないから、それがなんかすごい、そこはそこで考えられるというか、身体のこと意外と好きなんだなって思ったこともすごいあったかなって思う。

___石倉:蜷川さんに会う。入って、やっぱちげえわ、ってなった。

佐々木:なんか憧れの場所ではあるんだけど、自分がやれる場所とはまた違うのかなっていう感覚。

___石倉:それはスッとなったんですか?アッてなんなかったんですか?

佐々木:パッて思ったの。パッ、て。違うんだなって思ったの。ちょっと踏ん切りを付けなきゃなって思ったのもあるし、そこで考えててもプラスにならないのかなって思ったし。もちろん悩んだ。逃げるってことになるじゃないかな、とか。簡単ちゃ簡単じゃん。悔しいな、とは思った。でもそれを1つの選択として、じゃあ辞めるからには、プラスに絶対したいって思ったから、じゃあ自分の居場所探そ、って思ったかな。


成城学園駅前最寄りの駐輪場にて。 撮影:石倉来輝

日常とその空間とが、すごい曖昧になりながら、劇場から出て行くみたいな、なんかわかんないけど、そういう感じ。なんかわかんないけど、植え付けられたら、というか。

___石倉:青☆組が終わって、小劇場行きだして。

佐々木:そうだね、ふらふら、ふらふらじゃないけど、ふわふわ。色んなとこのオーディション受けて、それで陽くんと出会って、すごい前に出会ってるよね、いつだっけ。2013年くらい。辞めてからちょっとだったから。そのあと話す機会が増えていって、それでオファーしてもらって、なんでだったかわかんないけど。わかんなくて、そういう風にいわれることがなかったから。なんかでもそのままわからずやってると思う。見つけたらとりあえず行く。みたいな感じで。

___石倉:そうやって行って、自分には合わないなとか、ちょっと違う。みたいなのはあるじゃないですか。そういうことがあっちゃうと、僕の場合は怖くなっちゃうんですよね。だから美奈さんは肝座ってるなって思うんですけど。

佐々木:何も考えてないからだと思う。でも、超えていきたいとは思ってる。ウィンウィン。それは大事にしてるかな。やってきてるものはあるけど、特に今回は自分より下の人たちだけだし、いままでで初めての状況、これまでは絶対上がいたから。今は私が一番上。プレッシャー。なんかみんなしっかりしてる、と思って。

___石倉:どんなところが?

佐々木:結構ハッキリものをいうから、ちゃんとみんな芯があるから、やばいなって。私あんまそういうのわかんないから、ふわふわやってるけど、みんなちゃんと我を持ってるって思いながら、やばいなって思いながら。てのもあるし、私が2回目だから、みんな訊いてくるんだよね私に。でも全然わかんない、みたいな。全然違うし、すみません、みたいな。わかんないし。

___石倉:ここから本番まで時間は限られてきてますけど、ここからどういう風に、最年長として、どういう風にウィンウィンにしていこうとか、ありますか?

佐々木:なんかわかんないんだけど、話自体もあんまわかってないけども、なんかこうしたいっていうのは、なんとなくぼやっとあって、こうできたらいいな、みたいな、なんかあるんだけど。すごい話し掛ける感じの台詞が多いから、平行してお客さんも同じ映像が見えてくるとか、日常とその空間とが、すごい曖昧になりながら、劇場から出て行くみたいな、なんかわかんないけど、そういう感じ。なんかわかんないけど、植え付けられたら、というか。


成城学園駅前最寄りの住宅街にて。 撮影:石倉来輝

私はロミオとジュリエットやるって思ってたから、藤原竜也と。で鈴木杏にやられて、あ、終わった、と。

___石倉:楽しみになってきた。話全然変わるんですけど、趣味とか好きなものとかなんですか?

佐々木:昨日、一昨日なんだけど。ちょっと本棚掃除してて、でバレエの漫画があったの、SWANっていう。SWANのモスクワ編ていうのがあって、モスクワ編が1巻しかなくて家に、で読んじゃったのね掃除してる内に、で続き読みたくなっちゃって、昨日久々に丸ごと3巻かったの、2、3、4。で、読んで、昨日2回泣いたよね。2、3、4、1回読んで、まず1回泣いて、もう1回読み直して、もう1回泣く。同じシーンでもう1回泣く。あれやばいよね。久々に漫画買った。昨日。


著:有吉京子「SWAN -白鳥- モスクワ編」平凡社

___石倉:お気に入りの漫画はなんですか?

佐々木:ガラスの仮面も好きだし、MOONとか、昴っていうバレエのもあって、スラダンも好きだし、バガボンドも好きだし。あと浦沢さん系。でも結構お母さんが買ってきてるんだよね、BILLY BATと、バガボンドとか、でもSWANは、結構前で止まってたの。だからこれ買っていいのかってすごい思って、でも買っちゃったんだよね。SWANもなんか演劇に繋がる部分がすごいあって、勝手にね。昴とMOONも読んで欲しい。

___石倉:埼玉の、藤原竜也、にキュンキュンした、当時の、佐々木美奈少女はどんな少女だったんですか?

佐々木:すごい楽観的に、ここ行けば、藤原竜也に会える。私はロミオとジュリエットやるって思ってたから、藤原竜也と。で鈴木杏にやられて、あ、終わった、と。その夢はもう終わったと思って。でもまだわかんない。でも、話ずれちゃうかもしれないけど、やっぱ蜷川さんのいた埼玉ってところは、やっぱ今でもすごい大事な場所ではあって、で今その、ひび、ってとこにいて、結構それも埼玉でも活動していて、なんか違う形でここに戻ってこれるってことがすごい大きくて、でもまだそれじゃ足りないけれども、なんかその劇場で蜷川さんになんか恩返しできたらっていうのが、それが今、の私のひとつ大きな目標だなあ。


成城学園駅前最寄りの駐輪場にて。 撮影:石倉来輝

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第28回下北沢演劇祭参加作品
下北ウェーブ2018選出
緑のカラー
2018年2月8日(木)〜2月11日(日)
於 小劇場楽園

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出演者インタビュー掲載中
古賀友樹
鈴木望生
黒木龍世
石田ミヲ
荒木知佳

インタビュー:石倉来輝
編集:中澤陽

古賀友樹|緑のカラー・出演者インタビュー

2012年「パラード」より小野彩加、中澤陽と制作を共にして来た古賀友樹。昨年7月に行われた第8回せんがわ劇場演劇コンクール・グランプリ受賞作品「ラブ・ダイアローグ・ナウ」にも出演するなど、これまで最多の出演回数を誇る。そんな彼に、2月に上演される新作「緑のカラー」に向けて、これまでのことと、これからのことを聞いた。インタビューは、俳優の石倉来輝との対話形式により、2017年の暮れ、クリスマスイルミネーションの彩る中で行われた。


「緑のカラー」稽古後、クリスマスイルミネーション彩る成城コルティにて。 撮影:石倉来輝

古賀友樹 こが・ゆうき
1993年9月30日生まれ。俳優。〈プリッシマ〉所属。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科卒業。俳優として、ゆうめい「みんな」「弟兄」、劇団献身「最悪な大人」「幕張の憶測」、スペースノットブランク「悪魔の国」「ラブ・ダイアローグ・ナウ」などの作品に参加している。

毎回やることが違うから、全然違うから、慣れない。

___石倉:これまで作品に参加した回数はどのくらいですか?

古賀:この前数えたんですけど、付き合いとしてはもう7年目とかで、作品数は10近い、10近くは出ています。

___石倉:長いですね。

古賀:僕が大学に入学して、1ヶ月しか経ってない時に、もう1発目。それが「パラード」っていう作品で、それは僕と中澤陽と小野彩加の3人で、映像が投影されている中で踊るっていうやつで、それが1本目。高校3年生の頃から交流はあって、なんだかんだ大学に入ったのも中澤陽がいたから。

___石倉:出身はどちらですか?

古賀:福岡です。割と都会の、福岡市に住んでました。高校で演劇を始めて、もっと演劇を続けたいなあということで、東京の多摩美術大学というところへ。実は中澤陽が入ってて、でも1年で辞めちゃうんですけど、中澤陽は。でもそっからも作品は作ってたから、いつの間に辞めたんですか、みたいな感じ。上京したら作品作ろうという約束交わしていて、もし大学落ちても出演する。という約束交わして、なんとか受かって。当時から彼の性格はまるっきり変わってないと思います。小野彩加も当時から変わらず。2人とも変わんない。当時から。

___石倉:その頃の古賀さんにとっての演劇とは?

古賀:僕はもともとお笑いが好きで、喜劇とか、松尾スズキさんとか、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんとか。野田秀樹さんももともと好きで、多摩美入ってからはより見るようになったし、でもはっきりいってコンテンポラリーダンスとか、いわゆるダンスとかは一切やったことがなくて、で初めてその1本目の作品に出るってなって、たぶんあれは形態としてはダンス。と映像が絡み合ってる感じだから、だから初ダンスがそれで。

___石倉:演劇という感じではなかったんですか?

古賀:むしろダンスをやってるっていう感覚もなかった。作り方が特殊だからなのかもしれないけど、なんか僕にはそれが合ってたというか、特にカウントもないし。ここでこう動いてみてとか、この腕に登れるかとか、懸垂みたいのやってみて、みたいなのをひたすらやってたから、すごくダンス、ともならなくて。で演劇やりたいのに!ともならないし。スッと入っていった感じがあったかな。だからなんか自分で、俺がダンスかあ、と思うこともなく、あ、こういう感じでやんのか、みたいな。小野さんはバリバリ踊れるから、これは難しいなって感じたこともあるけど、でも出会ってから演劇観が変わったとかも特にないし、ダンス観とか、アート見る感覚が変わったとかも特になくて、でもこういう作り方があるのか、とは思いました。でも毎回やることが違うから、全然違うから、慣れない。ずっと出てるからとか、10回出てるからとか関係なく、慣れないですね。作り方は当時から変わんないけど、浮いてみてとか、本気で殺してよとかも。

___石倉:今回の新作「緑のカラー」はどんな感触ですか。

古賀:どんな感触。思うことは毎作品一緒で、作品の全景が見える時ってあるじゃないですか。完成形こうなるなあとか、お客さんに見せたらこうなるなあとか、がいままでほとんどなくて。完成形が見えないままやるっていう。初日を迎えて、やっとこういう形かみたいな感じだから、だからどういう感触っていうのは、毎回わかんないし、答えづらいところもあるんだけど、でも初めてワークショップオーディションやって、いろんな人たちが集まって大きくガラッと変わったから、スペースノットブランクが知らない人たち、ミーツ、この素敵な俳優さんたちのセッションみたいな感じになるんじゃないかなあ。見た感じ。どうなるんでしょう。自分自身楽しみな部分は多いんですけど。

___石倉:古賀さんの故郷、福岡県に関することをちょっと聞いてみたいと思ったんですけど。

古賀:僕はどちらかというと、中学から親に頼んで塾に通わせてもらって、高校は進学校に通って、勉強ができる子みたいな感じだったんですよね。高校に入ってから演劇部に入って初めて演劇に携わって、でもともとお笑いが好きで、そういう人いっぱいいると思うけど、おもしろいことしたいけど目立ちたくないみたいな。でも目立ちたい。演劇部入りましたけど、何するわけじゃないですよみたいな。ただ、部員は先輩が1人しかいなくて。で僕と同期で入ったのは5人、のち1人は辞め、僕以外全員女子。で僕が部長になり、脚本も演出もプランも全部決めて、みたいな感じになっていって、作劇とかをやるようになりました。

___石倉:その頃から劇を作るみたいなことはやっていたんですか?

古賀:ベタに平田オリザさんの本読んで、セミパブリックとは何か、お葬式というのは、知らない人を持ってくると説明ができる。とかを学んで、なるほどね、みたいな。結局大学に入ってからは作劇はあんまりやらなくなっちゃったんだけど。


「緑のカラー」稽古場にて。 撮影:石倉来輝

小さなところから大きいところに、大きなところから小さいところに着地するっていうのが好きで、極力与えられたものと違うものをまず考える。

___石倉:稽古を見ていて、すごい魅力的だなと思ったのが、なんで古賀さんはこんなに高圧的なんだろうって、すごい客観的ないい方ですけど、それは古賀さんに内在するものなんですか?

古賀:ショックだなあ。

___石倉:いいなあと思って。稽古で作品を作るにあたって、古賀さんにとって何が自分の材料になっているんですか?

古賀:単純に、この人がこういう台詞をいったらおもしろいんじゃないかなあっていうのもあるし、なんか自分が天邪鬼だから、人と同じことをやりたくないから、小さなところから大きいところに、大きなところから小さいところに着地するっていうのが好きで、極力与えられたものと違うものをまず考える。謎かけみたいな感じ、遠いものを同じところで落とすっていう技術だけど、なんかそういう感じで、別のところから持ってきて、で引っかかったらそれで作っちゃうみたいな。

___石倉:それは演劇部の頃からの経験とかが作用したりしているんですか?

古賀:いや、性格かな。でも人と同じものは嫌だっていうのはずっとあって、流行りの曲とかも一切聴かないし、モーニング娘。、AKB48とかも全然知らないというか見ないようにしてて、Perfumeは本流じゃねえだろって思って好きになって、だから、常に横道を走ってきたらここに辿り着いた、みたいな。あと、僕、末っ子なんです。すごく歳が離れた兄弟が3人いて、だから可愛がられて育ってきた、どちらかというと。で年上の人たちとかずっと一緒にいて、だからそういうところも関係してるのかなとは思う。人の懐に入るの上手いとか。あと幼い頃からゲームが常に近くにあった。スーパーファミコンから触って、小学校低学年は、バイオハザード。教育にはよくないと思うんだよ。おじいちゃんとかがお家にいて、見てくれてたのね。で僕が横でハンドガンをゾンビにぶっ放してるのを見て、おじいちゃんどう思ってたんだろうみたいな。なんもいわなかったけど。でも大好きでやってて、高学年になったら友達と対戦したいっていう風になって、人の家ではスマブラとかもやるし、ロックマンのゲームとか流行ってたから。

___石倉:割と戦うゲームをするんですね?

古賀:人を負かすのが好きで、僕が勝つのが好き。でどう勝つのが好きかっていうと、人気がなくてこいつは弱いっていわれているキャラクターで勝つと、よりアドレナリンが出るっていうか。

___石倉:下克上みたいな。

古賀:そうそう。だから人気があるキャラとかはあんまり好きにならない。だからウソップとか好きだし、あと人間なのにここまで強いみたいなキャラクター、クリリンとかも好きだし。

___石倉:ちょっと日陰にいるキャラクター。

古賀:どちらかというとそうかもしんない。そういキャラクターとか映画で見ると、すごく惹かれる。なんかオタクなんだけど強いよ、みたいな。でまあストファイもずっとやってたし、お兄ちゃんがちょうど世代ですから、ストツーからずっとやってます。

___石倉:ストツーでは何のキャラを使うんですか。

古賀:ストツーではね、結果ガイル。ゲームは色々触ってたし、割とそういう面では裕福な感じで育ったのかも。末っ子だから。塾にも通わせてもらったし、よっぽど不自由とかはなかったかな。で、お笑いもすごく好きだった。


「ストリートファイターII」に登場するガイル。 引用:Playstation.Blog

___石倉:その当時でいうとどういったお笑いを見ていたんですか。

古賀:当時は、オンエアバトルをずっと見ていて、深夜に差し掛かる時間帯のオンエアバトル。内村プロデュースとかが全盛期というか、本当におもしろい時期で、そればっか見てた。だから、学校へ行こう!とかは、こんなんで笑わないですけど、みたいな。

___石倉:すごいひねくれてますね。

古賀:別にどっかでひねくれたわけじゃないけど、きっとどっかでそういう切り替わるのはあったんだと思う。だからそういうのが、高圧的な部分にっていう風に結びつくんじゃないかなって思ってちょっとやだ。これはもう趣向だから。趣向が芝居に出るってやばい人じゃん。

___石倉:でも滲み出ちゃうその人の味みたいものでもあるかもしれないですけどね。

古賀:よくなんか話し合いとか議論になると高圧的になるっていわれるけど、初めていわれて、なんかわかる部分があってやだ。意外、ってなんない。なるほどな、ってなっちゃった。

___石倉:でもそれ、俳優としてそうありたいですよね、どうですか?

古賀:そうじゃない時は大変だろうけど、そうじゃない時もあるか。そういう役ばっかやってるわけじゃないし。逆にない、上からやる役って。ほぼ虐げられる側。過去に出演した劇団献身やゆうめいでもやられる側だし。やられる側だったから、なんだろう。逆にやだ。

___石倉:どっちがお芝居していて楽しいですか。やる側と、やられる側。

古賀:やりたいのは、やる側だよ。虐げたい。僕は100%虐げたい。けど、やりがいがあるのは虐げられる側だよね。だって芝居は嘘じゃん。虐げられてないじゃん。稽古場でも楽屋でも虐められてたらやばいけど、そうじゃないのに、そういう状況に追い込むっていうのは、すごくスリルがあると思う。でもなんでもかんでもゲーム的に結びつけちゃうっていう癖はあると思う。

___石倉:それはゲームみたいに演劇のことを考えたりするってことですか?

古賀:というか、自分でクリエイションとかする時に、例えば前提条件を提示しないとこのワード使えないとか、そういうのはゲームで培ってるんじゃないかなって思う。


「緑のカラー」稽古後、クリスマスイルミネーション彩る成城コルティにて。 撮影:石倉来輝

主観性と客観性のどっちかに偏ってもあんまよくないなあって思う。けど、たまには主観だけになりたい時もある。

___石倉:古賀さんは高校で演劇を始めて、大学で上京してきたわけじゃないですか。上京してからはどうですか。

古賀:上京してからは、とても気が楽だった。もちろん有名になってちやほやされたい。みんなより演劇がうまくなりたい。みたいなのは色々あるけど。悔しいけどね、なんか同世代のあいつが、この舞台に出てやがる。と思うと悔しいけど、でもなんか周りの人、同級生とかと比べると、そこまで欲っていうのがない気がする。自分は自分の仕事をやろう。とか、変な感じだけど。すごい落ち込む役者さんているじゃん。本番でうまくできなかった、悔しい。みたいな。でも、そういう時もあるよ。って、役者がいっちゃいけないんだけど。でも波って絶対あるから、それを制御できない時だってあるし、だから、うまくまとまらないけど、生きてるからそりゃあるよ、っていう。きっと嫉妬とかちっちゃいことじゃないですか、大きいものと比べると。いや、でも欲はあるよ、でもどっちも持ってる人の方がいいと思うんだよね。なんか僕自身、親が強盗にあったりとかして、怪我しちゃったりして、鞄奪われて、悲しいって思うと同時に、なんだこれって思ったりもして。なんか、主観性と客観性のどっちかに偏ってもあんまよくないなあって思う。けど、たまには主観だけになりたい時もある。僕自身あんまり映画とか演劇とかで最近泣かない。可哀想、ってなれない。それよりなんでこの役者さんは、ここでこの声のチョイスをしたんだろう。演出かなあ、脚本?え?え?みたいな。

___石倉:上京して初めて舞台芸術、スペースノットブランクの作品に関わってどうでしたか。

古賀:中澤さんの印象は、怒らない。怒らないっていうか個人をすごく尊重してくれる人かな。個人を尊重してくれるし、あんまり説明しない。演劇作品をやったこともあるけど、その時も、このキャラクターはこうだから、みたいな演出はしない感じで、すごい余白を持たせる感じ。余白っていうとすごい良いいい方。僕は常にスペースノットブランクの作品しか出てないわけではないから、だからすごい良い刺激になるんだよね。定期的に、共通言語がない人と話す時間が来たぞ、っていうのがすごく脳トレになる。


2013年「ファットボマー」 撮影:中村祐太郎

___石倉:それは、今も共通言語がないって思いながらやっていますか?

古賀:共通言語はない、って思う。でもやりたいことはこういうことなのかなって思うのはいっぱいわかる。

___石倉:別の団体の作品とかだと、全然違うじゃないですか。どういうスタンスでやるんですか、スペースノットブランクの時は。

古賀:まず稽古場の雰囲気が違う。でもどの団体の人たちもおもしろいもの作ってお客さんに楽しんでもらおうみたいなのは共通はしてるけど。例をあげるとしたら、僕は待ってあげられるけど、時は待ってくれないよ、とか。今日その制限時間があって、その時間が来ましたってなって、待ってってゆっても、待たない。っていうところが、人を人だと思ってないのかなあ、良い意味で。だから物も、同等の価値があるっていう。物も役者やし、人も役者やし、お客さんも役者やっていう。役者だらけじゃねえかっていう。そこまではいわないけど、僕はそういう風に捉えた。だから、物を人と同じ価値まで引き上げてるのか、人を物同然と思ってるのか、それのどっちかかなあ。

___石倉:それはわからない。

古賀:それは、わからない。


「緑のカラー」稽古後、成城コルティ駐輪場にて。 撮影:石倉来輝

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第28回下北沢演劇祭参加作品
下北ウェーブ2018選出
緑のカラー
2018年2月8日(木)〜2月11日(日)
於 小劇場楽園

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出演者インタビュー掲載中
佐々木美奈
鈴木望生
黒木龍世
石田ミヲ
荒木知佳

インタビュー:石倉来輝
編集:中澤陽

Dec. 22, 2017 [Fri]

制作中。

昨日2月に上演する作品の年内の制作が終わり。
今日5月に上演する作品を作り始めまして、制作中です。
明日1月に上演する作品の制作が続きます。

目の前にいる人たちが思考して、自覚して、尊厳を持ってその場にいるのを見ることは舞台の実味を感じさせてくれる。

基本僕たちが作品を制作するのは、その瞬間は舞台と呼ばれる場所ではないから、僕たちは想定やイメージをせず、目の前にある物事を「ある」次元のまま捉えるし実行したりする。それが僕たちの作品で最も大事なことだと思っていて、そうじゃない例えばリハーサルのためのリハーサルだったり、恐れをなくすための反復だったりしてはいけないと思っています。舞台を舞台たらしめるのは僕たちの存在ではなくその場、その環境が結果的に対「ヒト」であるからで、その対「ヒト」に向けて発動されるのは生きるか死ぬかの戦場に於けるコミュニケーションとも同じようなもので、舞台はそこで表現するのがそこだけではなく観客やその外側の何何に対しても拡散されていく何何が多いから、作るのが楽しい。

ただ「芸術」<「食」なのはいまだに変わらないし、「芸術」≦「食」でもあるから強い。
なのに「芸術」>「食」だったり、「芸術」=「食」にはなれないから。生きるために通過する舞台をもう少し作らないとならない。残すことは作ってから考えたらいいのかもしれない。

「芸術」も「食」も、消費という鉤括弧を付ければ。

消芸術費=消食費

大事なのはいつもお金。よいお年を。

中澤陽